4 | ナノ
自分の運なんてものにはこれっぽっちも興味ないけれど、気が付けば確認することが習慣と化している相方の運勢に、高尾は「あちゃー…」と思わず口に出した。
おは朝曰く、本日の蟹座は10位。実力の発揮できない日、大人しく過ごすほうが良さそう。ラッキーアイテムはピンク色のドロップ。



「おっはよー真ちゃん!なぁ真ちゃん、今日も部活出ないわけ?朝練も休んじゃって、先輩たちカンカンだったぜ?」

バスケ部の朝練はとっくに終わっているが、朝礼にはまだ余裕がある。そんな時刻に教室に入ってきた緑間に、待ってましたとばかりに高尾が駆け寄る。主に宮地さん木村さんコンビが!と付け足すと、緑間は気に入らないと言うように、思い切り眉根を寄せた。そんな緑間の様子に高尾は勢い良く吹き出し、そういう顔しないほうがいいぜーと笑う。

「ここに先輩達いないからいいけどさ、真ちゃんたらなんでも顔に出し過ぎ!そのうちほんとに轢かれちゃうんじゃない」
「余計なお世話だ」
「心配してんのに可愛くねー!まぁそれはいいんだけど、とにかく、3日連続で休むってのは、さすがにまずいと思うわけ!今日も休んだら監督もなんか言うと思うよ?」

占いにひどく執心している緑間は、部活の出欠もそれに委ねている。普段なら1週間のうちでも1日あるかないかのずる休みを1日3回と決められているわがままをまとめて使うことで渋々了承されてはいるが、まさか連続で占いの結果が悪く出るなんて誰も予想していなかった。おは朝空気読め!と高尾はテレビの前で祈ったものの、そんな願いが届くことはなく、本日3日目も悪い結果が出てしまった。
いくら天才だろうが、その名に恥じぬ努力をしていようが、わがままを許されていようが、1年生でありながらレギュラーであり事実上エースと称される人物が、他人からすればたかがと言われてしまう占いで連日部活を休むなんてことが、部のモチベーションに影響しないはずがなく。
今朝も結局最後まで朝練に姿を見せなかった緑間に対する不満はたまりつつある。
幾人かの部員があからさまに交わした陰口には、意外にも宮地と木村が厳しく注意をしていたが、さすがにこれ以上はまずいぜ真ちゃん、とそれを聞いていた高尾は焦った。

「誰がなんと言おうが、イヤなものはイヤなのだよ」
「でも、最下位ではなかっただろ」
「念には念をだ、占いでも今日は大人しくしていることが吉と言っていただろう」
「じゃあせめて見学はしろよ」
「自分が練習出来ないのに、他人が練習しているところを見たって無意味なのだよ」
「……真ちゃんさぁ…」

ここが自分たちの教室で良かったと、高尾は心底思った。
緑間のこういった発言や態度は今に始まったことではないが、やはり同じ部活の先輩同輩が聞けば揉める原因になりかねない。これ以上、緑間と他の部員の間に溝を作らせたくない。

(チームメイトの練習見んのも立派な練習だとオレは思うけどー…このエース様にはどうやったら伝わるんだか…)

緑間から見たらくだらなく見えるかもしれない、他人の力が自分やチームを救うということを簡単には理解してもらえないことを、この数ヶ月の付き合いの中で嫌というほど実感している。
だからってあきらめねーけど!とひとり意気込みながら、高尾は気を取り直して緑間に向き直った。
今日も休むと言うだろうことは予測していた。言葉で説得出来ないことも想定済みだった。
うまくいくかは分からないけれど、と奥の手を用意してきた高尾はそれに頼ることに決めた。

「じゃあさ、真ちゃん、ちょっと賭けしようぜ」
「賭けだと?」
「これ、妹ちゃんから貰ったんだ、今日の真ちゃんのラッキーアイテムってピンクのドロップだろ」

言いながら、高尾は制服のポケットからひとつの包みを取り出した。
ピンクと白の水玉柄のビニールは両端をくるくるとねじられてリボン型になっている。男子高校生が持つには違和感がある可愛らしさだ。

「ドロップなら、自分で用意しているのだよ」

怪訝な顔で、左手をわずかに持ち上げて、緑間はドロップ缶を高尾に見せたが、高尾は首を横に振った。

「それはそれで持っててよ、オレがもらってきたやつさ、いま妹ちゃんのクラスで流行ってる飴で、包みの内側に占いがついてるんだって。その占いがまたスッゲー当たるんだと」
「…それがどうした」
「おは朝もいいけど、今日はこれで、運試ししてみねぇ?もしも良い結果が出れば、今日の運勢上書きっつーことでさ!」
「そんな都合の良い解釈なぞ邪道だ」
「えーいいじゃん!おは朝のラッキーアイテムの飴が更なるラッキーを連れてきてくれるかもしれないだろ、それにもし当たれば今日の部活出れるよ。本当は真ちゃん、そろそろ練習したいんじゃないの?ていうかこんなに休んだら、もうポンポンシュート決まらないんじゃね?」
「ふざけるな、オレは絶対に落とさん」

高尾の馬鹿にするような物言いがカンに障ったのか、緑間は眼鏡のブリッジを苛立たしげに押し上げた。

「なら、今日の練習に出て証明するのだよ!」

はいっと思い切り飴を差し出して高尾が笑うと、真似をするなと緑間は唸りながらも、持っていた缶をしぶしぶ高尾に預け、包みを受け取った。
両端をつまんでくるりと開くと、中から出てきたのは鮮やかなピンクの飴玉。それをどうしようかと悩むように一瞬緑間の動作が止まったが、持っていてもしょうがないと結論付け、勢い良く口に放った。
舌の上で転がすと人工的なイチゴ味が広がった。まずくはないが甘すぎる飴だと思いながら、丁寧に包のシワを伸ばして印刷された文字を読もうとした。

「真ちゃーん、なんて書いてあんのー?」

手の位置高いからオレ読めない、と隣で高尾が騒ぐので、しょうがなく緑間は文を読み上げた。

「『午後はいいことがあるかも?とくにからだを動かすとリフレッシュ』…だそうだ」
「ぶはっ!…ぶふふ…うっわー、なにこれすごい、真ちゃん向けの言葉過ぎて逆にきもい!こわい!」
「ほんとに当たるのかこんなもの…」
「おーい、オレの妹ちゃんのお墨付きなんだから信じろって!つーか、これで真ちゃん、今日部活出れるじゃん、良かったな!」
「…まぁ、そこまで言うなら出てやらんこともないのだよ」
「そうこなくっちゃ!」




「おい高尾、緑間今日練習出ないんじゃなかったのか」
「ちわーす、木村さん。今朝はあざっした。それがちょっと面白いことがあったんすよー」
「あ?…あー…あれ聞こえてたのかよ、いいって。別に緑間のためじゃねーし。てか、なんだよ、そのしたり顔。お前がなんか葉っぱかけたのか?」

木村が食いつくと、高尾は嬉々として今朝のやり取りを説明してみせた。

「そんで緑間のやつご機嫌直ったみたいで、意外と単純なんだなって!可愛いっすよね!」
「お前が何をどう解釈して195センチの愛想の欠片もない大男を可愛いなんて言えるのかまじで理解できねーけど、まぁ助かったわ。これで緑間が今日も来なかったらちょっとまずいことになってただろうし」
「これで少しは部の雰囲気、保ちますかねー」
「大丈夫だろ、緑間ってやることなすこと気に入らねーとこばっかだけど、あいつの練習姿だけはあれで結構みんなの良い張り合いになってんだよ」

だから正直なところ、あんな奴にでも救われてるところあるんだよなぁ、としみじみ言う木村の視線の先には今朝彼に注意されていた同輩達の姿があった。
さらにその先にはひとりで黙々とシュート練習をする緑間。数日ぶりの練習にもかかわらず絶好調に決めている。そんな彼に向けられている視線はかならずしもキレイな感情ではないが、それでも練習に勤しむ姿勢に繋がるなら、ないよりある方がいい。それが続けば変わるものはあるはずだ。
ほらな、と高尾は思う。

(どんな奴でも、他人から刺激受けてんだぜ、真ちゃん)

「しっかし、お前の持ってきた飴すげーな。空気読み過ぎだろ」

いっそ気持ちワリイと笑う木村に、ああっと高尾は答える。

「そんな都合よくいいメッセージが当たるわけないじゃないっすか」
「は?」
「あれって包みがひねってあけるタイプだから、前もって中身確認出来ちゃうんで、それっぽい言葉を選んで持ってきたんです。ひと袋じゃ良いかんじのやつ見つからなかったら困るからコンビニであるだけ買い占めて、中身確認して」
「まさか全部チェックしたのか?今日の朝に?」
「あったりまえですよー、おは朝見ていっそいで買いに行って全部あけて、妹ちゃんにも手伝ってもらったから間に合ったけど、危うく朝練遅刻しそうでやばかったです。でもあんな、簡単に信じるとは流石に思わなかったなー、あー真ちゃんほんと可愛い!」

木村はあんぐりと口をあけて高尾を見つめる。
高尾はそんな木村を気にする様子もなく、今の話は緑間には内緒ですよ、と念をおした。

「…お前、なんでそこまでするんだ?」

部のためか?と聞けば、にっと口の両端を上げて高尾は笑った。

「緑間のためですかね。オレ、真ちゃんの相棒だから、真ちゃんが人事を尽くすなら、相棒のオレも真ちゃんのために尽くすのが当然かなって」

それが結果、部のためになるならそれがいいし、ついでに部のみんなとももうちょっと馴染んでもらえたらいいなーなんて、とおどけたように言う高尾に、木村は今度こそ言葉が出なかった。


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