3 | ナノ
真ちゃんってさ、あんな、他人には興味ありませーん、なーんて顔して、ほんとは誰よりも信じたい人間なんだってオレ、思うんです。それは、キズナとかキセキとかシンライとか、ほんと何でもありとあらゆるものを。人と繋がるありとあらゆるものを。目には見えないキレイなものを。切れないものなんだって、なくならないものなんだって誰よりも信じたい人間なんだって思うんです。でも世の中って不条理で儚いものだらけじゃないすか。努力すれば報われるなんて言葉は成功者にしか言えないじゃないですか。バスケなんか、モロにそうっすよね。勝ち負けの世界で、血の滲むような努力を誰もがしている世界で、でも勝利なんて平等に分け与えられるもんじゃなくて、だから必死になるんすけど。必死に、勝ちたいって。
でもって、勝者の影には必ず敗者がいて、信じないんです、努力すれば報われるなんてこと。当たり前ですよね、結局人間て己の身に降りかかる、体感できるものしか信じられないんですから。いやそれがすべてじゃないってことくらい分かってますよ?結果より大事な過程は確かにあるってオレ、知ってますもん。それがどんなに尊いかも。でも今言いたいのは、そう言うこっちゃなくて。
えっとですね、だからアイツは、体感するために、信じたいがために、ほんっと、他人から見たら引くくらいの努力を塗り重ねてるんじゃないかって思えて仕方ないんです。ゲン担ぎして、占いにしがみついて、出来ることぜーんぶする。ひたすら、見惚れるほど美しいシュートの軌跡を飽きることなくなぞっては繰り返して、繰り返して。運を引き寄せて、努力を上塗りして、塗り固めて、それって、あれですよね、キセキの世代の奴らと繋がってたいからなんじゃないかって。思うんすよ。対等に渡り合い続けたいとか、同じステージに立ってたいとか、また一緒にプレーしたいとか、そんなん。いや、アイツが自分でそんなこと、言ったわけじゃないんですけど。ああでも黒子には言ったっけか、またやろうって。それって、つまりそれってそういうことじゃないかって、思ったら、それが、オレ、すっげー、めちゃくちゃ嫌なやつなんですけど、すっげー嫌で。…嫌なんです。それって結局、あいつとオレがいる今は、先輩たちと築いた信頼は、秀徳のバスケは、緑間がまたあいつらと繋がるための足がかりなのかもしれないって思い始めたら、それが手に入ってしまったら、オレなんか用無しなんすよ。それが、嫌なんだ。緑間の、あいつらとの未来に、嫉妬するなんて、馬鹿だと頭では分かってるし、真ちゃんの数少ない大事なトモダチを奪いたいなんて思っちゃいないんですけど、思いたくないんだけど、オレ絶対あいつらに勝てる気がしないんです。それがどうしようもなく悔しくって、面白くなくて、だいたい、勝てないなんて考える事自体バカだし、勝ち負けとか、比べるとか、そういうの、違うのに、思いたくなんかないのに、考える自分がださくて。かっこわるいじゃないですか。でも全然、ダメなんすよね。…うん、分かってるんです。こんなこと考えてるオレが、オレの方が、緑間のこと、ホントは信じてないんだって、気がついてるんです。それって、緑間に対してひどいことしてんだって、どうしようもない気持ちになる。純粋に、必死になって人事を尽くして、つながりをつなごうとしてる緑間のキレイで純粋なちっちゃい子供みたいな心を踏み躙ってるんだ。なんでオレ、こんな、イヤなやつなんだろう。オレ、そういうの、絶対見抜かれたくないけど、きっといつか緑間に見抜かれて、愛想つかされるんだろうなって思ったら、怖くて。だって真ちゃんはキレイだから。全部キレイなもので出来てるから。醜い心を殺せないオレは、隣にいるのにふさわしくないんだ。もうそれ考えただけで死にそうになるんです。痛くて痛くてしょうがないんです。やっと認めてもらえて、隣にいることを許されて、相棒だって胸張っていえるようになったはずなのに、どうしてこんな。
あーもう、ほんとに、なんで、よりによって真ちゃんだったんだろ。なんでオレ、あいつに、認められたいなんて思っちゃったんだろう。もうさ、あれですよ、惚れた方の負けって、だれの言葉でしたっけ。忘れたけど、ほんっとそれっすよね。オレ絶対、真ちゃんには一生勝てねぇわ。いや、勝とうなんてこれっぽっちも思ってないっすけど。オレはずーっと緑間信者なんですから。
…ああ、そうか。多分、すげーキレイだったから。緑間、キレイなんですもん。あのシュートはもちろん、あの女子以上に手入れされてる几帳面な指先も、普段は静かな眼差しがたまに見せるゾクッとするような色も、いつだって仏頂面な横顔も、それがオレのくだらない言葉でふいに崩れる瞬間も、あの鮮やかな緑の髪がコートで駆け抜けるたびに強く揺れるところも、照れ隠しに眼鏡のブリッジを押し上げる仕草も、たまにバカみたいに真剣な口調でちょー大ボケかましてくれるあのかたちの良い唇も、きっと全部、最初から、初めて見たときから今まで、どれもキレイで、いちいち惹かれたんだ。あんなボロ負けした中房時代の、苦い思い出の中ですら、目を反らせなかったのは、忘れられなかったのは、キレイだったからだ。それで中身もキレイとかさーほんとさー、やめてほしいですよね。好きにならないはずがないもん。つまりやっぱり、オレが真ちゃんに惹かれたのって運命?みたいな?惹かれずにはいられなかったみたいな?
出会うべくして出会ってしまったんですかね。
もう、オレ、緑間のこと、こんなに好きで、どうしたらいいんでしょうかね。そんなキレイなものと並びたいなんて、すげー贅沢だったんかな。ないものねだりだったんかな。頑張ってきたつもり、なんだけど。ねぇ、どう思いますか。キセキの奴らまでとは、言えなくても、少しは、特別になれてますか。オレはちゃんと、真ちゃんにふさわしい相棒で、いれてますか。ねえ、真ちゃん、教えてよ。オレは、






「…あー、緑間?」

散々くだを巻いたと思ったら盛大なノロケという名の相棒自慢をご高説した挙句にすやすやと気持ちよさそうに寝息を立て始めた後輩を足蹴にしながら、こいつの愛する相棒様に電話をかけた。

「いや今、宮地んちで酒盛りを…うっせーな、未成年がどうとか今言うな、悪かったって。ていうかオレたちはもう高校卒業したんだからいいじゃねーか、秀徳には迷惑かからねえだろうが。でまぁ、無理やり高尾にも飲ませたら潰れちまったんだけど…だから、悪かったって!!おいいま説教はやめろ、おい、お前、高尾んちの番号知ってるか?オレも宮地も知らなくってよ、もう部活の連絡網も取っておいてないし、でもこのままここに置いといたらこいつの親御さん心配するだろうし…」

ここまで言うとこっちの言葉を遮って「すぐそちらに行きます」と緑間は早口に言い、通話は一方的に切れた。
…いや、誰も迎えに来いと言うつもりは無かったんだけど。
高尾んちの電話番号を聞いて、親御さんに今日は宮地の家に泊めるからと一報入れるつもりだったのに。やっぱりうちの変人と名高いエースの考えることは分からん、と改めて思う。

「おう木村、緑間なんだって」

高尾の頬を力いっぱいつねりながらうんざりした表情をしている宮地に電話の内容を伝えた。

「迎えに来るって言って、切っちまいやがった」
「…はぁ?何、あいつ今から来んの?ここに?」

信じられねぇ、もう12時回ってるぜ、と驚く宮地に頷く。
まさか未成年の酔っ払いを本人の自宅に連れ帰れば大事になりかねないだろうから、緑間は引き取って自分の家に連れて行く気なのだろう。

「緑間んちって確か、宮地んちから遠かったよな…驚きの行動力だな」
「こいつよぉさっきまで散々愚痴ってたけど、自覚なさ過ぎだろ。あの偏屈が、気に入らない奴にここまでしないっつーの。そんなこと、んな仲良くもないオレたちですら分かんのに」
「だよなぁ、すっげーバカ」
「このバカ尾め!しかも気がつきゃただの緑間自慢になってるし、なんなのこいつまじうぜぇ、ていうか緑間キレイキレイってアホか、緑間のあのわがままと自己チューはいっそ清々しいくらいにクズだったっつーの!キレイでもなんでもないっつーの!」
「あの全面肯定っぷりは流石に無いわなー」

まだ入部したての、緑間の唯我独尊っぷりにいちいち腹を立てていた昔を思い出して、苦笑いする。絶対に分かり合うことはないだろうと踏んでいた頃がひどく遠い。それまでの秀徳の堅実なプレイスタイルをぶち壊すような圧倒的な存在感を放つ緑間を、うっとうしく思っていたのは本当だ。努力の姿勢は憎いながら認めることは出来ても、チームプレイを乱す行為に歩み寄ってやろうと思えるほど大人にはなれなかった。最終学年になってようやくレギュラーの座を勝ち取った宮地はオレ以上に、それが顕著に言動に出ていた。
けれど、高尾がオレたちに緑間の面白いところを見つけて見せては笑うから。あいつの、一見するとただただ苛立つような振る舞いを、あいつは心から楽しそうに愛おしげに笑うから。
物足りねぇ、なんて、愚痴ていたときから嘘みたいに、緑間と高尾の、クソ生意気な一年コンビのいるスタメンと共に戦うバスケが燃えて面白くて心が踊ってしょうがなくなったのはいつからだったろう。歩み寄ってやりたくなんてなかった、緑間の肩を初めて叩いて、あいつのプレーを心から受け止めることが出来た、あいつをチームメイトとして認めることが出来た日を、オレはきっと忘れない。オレと宮地の行動に目を丸くして、それを高尾にちゃかされていた緑間を、初めて後輩として可愛いとこもあるじゃねーかと、思えたあの日を忘れない。

終わるなと思った。オレも宮地も大坪も、思ったんだ。
いつの間にか帰り道を5人で行くようになった。なんでもない昼休みにわざわざ集まって弁当を囲むようになった。用もないのに1年のクラスに赴いてはおちょくった。ラッキーアイテム探しに率先して付き合うようになって、後輩二人のものだったチャリヤカーはいつの間にかレギュラー5人の遊び道具になっていった。
いつまでも、あんな時間が、日々が、続けばいいと確かに思った。思い出深い時間が、あの最後の一年でさらに濃く鮮やかに色づいたことぐらい、とっくに自覚している。
来るはずないとタカをくくっていた、想像もしなかった時間を、でも確かにオレたちは過ごした。

「なぁ、宮地、こいつがいなかったら、オレら絶対、緑間とバスケなんて、それ以上に日常で絡もうなんて、思いもしなかったし、出来なかったよなぁ…」
「んだよ、今更言うかそれ」
「いや、まぁ、なんとなく」

ふん、と鼻をならして宮地が噛み付くように言う。

「だから、アホらしいけどよ、こいつの言う運命って、そうなんじゃねーの」

オレたちも込みで、さ。

宮地の言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかって、やっと理解することが出来て、それから思わず吹き出す。

「おいこら!何笑ってんだよ!」
「い、いや、わり…お前が運命とか…ぶふっ…いやーないわぁ…」
「くっそ!木村てめぇぶっ殺す!!!」

ぎゃあぎゃあと顔を真っ赤にして暴言を吐く宮地を笑いながら、でも、きっとそうなんだと、自分だって、くっさいことを、らしくもなく思う。

なぁ、お前が繋いだんだぞ、高尾よぉ。

ひとしきり喚いた宮地は、今度は乱暴に高尾の髪をかき乱し始めた。そうするうちに宮地の目元はやんわりと目尻を下げていく。なんだ、高尾はお前の精神安定剤か何かかとつっこみたくなるが、言えばまたうるさくなるだろうから黙っておいた。

緑間が着いたら、無理やり起こしてびっくりさせようぜ、と意地悪く笑う宮地も、それに乗っかるオレも、なんだかんだこのバカな後輩たちが可愛くて仕方がないんだと思ったら、なんだか小っ恥ずかしくて仕方がなくて。でもそれも悪くはないと思えた。

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