焼けて蠢く | ナノ



「…あれ、」

未だ、鼻辺りに薬品のツンとした匂いが残っている。どうやら幻覚ではないらしく、しかし元いた白い部屋の様子はすっかり変わっていて。
斑点を作るように落ちてきた、黒いビニールに包まれた『客』達が、人間の姿でそこにいた。初めの人物、首で体が二つに分けられていた女性は此処にはいない。ざっと数えた限り…『客』は7人程だ。女性を入れれば8人だが。
恐る恐る近づいてみる。そこで気づいたが、もう手枷も足枷も首枷も綺麗さっぱり、僕の体から消えていた。

(何を考えてたんだ、犯人は)

僕に一番近い一人目、動くことを放棄した四肢を、酷い扱いだが足でつついてみる。当然だが動かない。次にもう少し近づいて、男性の顔を覗き込んでみた。

「あ…生き、てる!」

さっきは遠すぎて解らなかったが、確かに胸が上下していた。他の6人も見渡せば皆息をしている。僕は女性の死体を見たあの時、その恐怖で他の袋の中が見れなかった。でもこの通り、生きているではないか!

「…弁護士センセイ」
「っ!!」

偽装されたデジタル音。響く、犯人の声だ。

「その人たち、是非とも貴方の手で殺してください」
「な、何を言ってるんだ!僕がそんなこと…!」
「その手に持っているじゃないですか、もう」
「…え?」

言っていることが滅茶苦茶で意味が分からない。
そう言おうとした。だけど、そうするには何故、僕は手を握りしめているのか分からなくて。嫌に力が入っている右手を見る。そこには。

「なん…で…」

僕の意思に反して、サバイバルナイフが握られていた。
力を抜こうとしても何故か自由が効かない。僕の意思で動かせる左手で払い落とそうとしたが、遂にはその左手さえも僕には動かせなくなる。
足が勝手に動き出し、初めに見た男性へと歩く、近づく体に背筋から恐怖が走っていく。

(嘘だろ、こんなの嘘だ、嘘だと誰か言ってくれ!誰か僕を止めてくれ、頼む!誰か…)

ぐしゃり。

振り下ろされた刃物が、押し潰した命は僕が奪ったもの。生命を切り刻む度ふりかかる赤に眩みそうになっても体は止まらない。次の男性、その次の女性、男、女、男、男―

いつの間にか白かった世界は焼けて真っ赤に写って、僕は黒に近い紫のスーツを纏って、この手に銀色にきらめいていた刃物は原色が分からない程、炎よりも赤く、て。

みんなみんなみんなぼくがころしてしまった。きこえる電子音は理解なんてできない。そんな余裕もないまま、ぎぎぎ、となにかのひらく、音がした。
ああ、太陽の光だ。出口が、開いたんだ。御剣、君は、無事かな。会いに行かなくちゃ。

…その前に、誰か僕を殺して。