カフェイン・パニック | ナノ



「クッ…これまた迷子のコネコちゃん、こんなところで何してるんだ」
「じゃあ何で変なゴーグルつけてるのですか?」
「ちょ、ちょっとはみちゃん!」

神乃木は困惑していた。
明らかに高校生ではない、目立つことの極まりない変わった格好をした女の子三人組が、何故か職員室前にいたからだ。一番小さい子は、髪をまるで巫女の様に結い上げ何かの装束を纏い、手を組んでキラキラと目を輝かせている。もう一人はマリンブルーのシルクハットとお揃いのマントをつけ、楽しそうにトランプをきっていて。一番大きい子は、小さい子と似た和服を着て、髪に団子を作っていた。
聞く所によると、どうやら授業終了の時刻が分からなかったらしく30分も前からここで待っていたらしい。神乃木は三人に誰を待っているのかと質問したが、返ってきたのは「ぷらいばしー、っていうやつです!」という元気な声と馬鹿にした笑みだった。
神乃木はその特徴的なゴーグルをあげ、どこからともなくコーヒーカップを出し、砂糖も何も入れていないコーヒーを一口飲み首を振った。何ともこの三人、学校帰りとは思えない。

「あ!なんだ、目は普通なのですね!」
「俺の目はちょいとばかしポンコツでな。治療器具の一種なのさ、これは」

オーダーメイドなんだぜ、と神乃木は得意げにゴーグルを触る。魔術師らしき子はトランプをきる手を止めわあ、と声をあげた。

「かっこいいですねー!」
「…よせやい。っじゃねえや、コネコちゃん達。学校はどうした」
「あー。学校…」
「うーん、そういえばそうですね、」
「すっぽかしちゃったねえ」

三人から異口同音に発せられた言葉に神乃木は顔をしかめた。関係ないとは言え、自分は教師であるし、学校をすっぽかしたということは彼女達の学校に報告せねばならない。だからといってこのまま追いかえせば、重要な用事であればこちらに責任がかかる。神乃木は少し悩んだ後、口の端を釣り上げ言った。幸か不幸か、今日は短縮授業だった。

「今日はこれで授業終了だぜ。もうすぐ生徒と教師の波が来る」
「波…?」
「いっぱい人が来るってことだよ、みぬきちゃん。じゃあ、えっと…」
「ああ、俺はゴドーで良いぜ、コネコちゃん」
「マヨイです、この子はハルミ、こっちはみぬき」
「コネコちゃん達。職員室の中に入っておいたほうがいい。帰省ラッシュに巻き込まるぜ」
「ありがとうございます、ゴドーさん!」

ひとまず目立つ三人を中に入れた直後、騒がしい声と共に生徒達が挨拶しながら通り過ぎていく。神乃木はふうと溜息をつくと、職員室の中を見た。飽きさせないように持たせておいた、苦めのコーヒーを飲んだハルミが涙目でみぬきに抱きついているという光景に笑みがこぼれそうになったが、突如目の前に現れたモノに笑いを隠す。
特徴的な二本のツノ、派手なアクセサリー…
印象深かったので名前は覚えていた。オドロキとガリュー、二人の生徒だ。オドロキは少し腰を引かしながら、遠慮がちに口を開いた。

「か、神乃木先生。成歩堂先生を知りませんか?」
「どこにもいなかったんですよ。用事があるんだけどなあ」

響也は王泥喜のトレードマークであるツノを引っ張りながら言う。されるがままの王泥喜も慣れているんだろうか。
直後、すっかり静かになった廊下に響く疲れきったような声。教師達がそこにいた。

「よォ、御剣先生に成歩堂先生」
「ム」
「ああ、神乃木先生…王泥喜君に響也君」
「成歩堂先生!このプリント、渡したくて」
「わざわざありがとう。後で見ておくよ」

相変わらず顔をしかめた御剣、朗らかな空気に包まれている成歩堂、やたら嬉しそうな王泥喜と生唾を飲んだ響也。
神乃木は蚊帳の外ながらも全てを理解した。この生徒、御剣…三人。成歩堂を。茜の件も知っていた神乃木は、成歩堂の男女構わずの愛されっぷりに感心しながらも、その実らない恋に少し同情する。

(あの無自覚ヤローにはなあ…)


「あーっ!やっときた!」
「もう、待ったんだからね!」
「なるほどくん、遅かったですね!」

突如職員室から聞こえた三人の声。ガラリと開け放たれた扉、奥には真宵と春美、みぬき。たまたま帰ってきた茜と巴と霧人もいて。

「コネコちゃん、用って…」
「パパ!パパー!!」
「なるほどくん!」

パパ、という単語がその場に出た途端、しんと静まり返る職員室の前。気まずいムードは誰からともなく疑問によって壊される。

「え、」
「何だって?」
「どういうことなの…」
「嘘、でしょ」
「な、な…成歩堂先生が…既婚者…!」
「何故君達がここにいるのだ?」
「ちょっと、学校はどうしたの!」

御剣の落ち着いた様子と成歩堂の焦った表情が、ゴーグル越しに神乃木の視界に映った。

(俺達の恋は苦く終了、か)