ビューティフル・デイズ | ナノ



「成歩堂先生が好きです」
「…私に言われても困るのだが」
「相談にのってください」
「なら何故私なのだ」
「だっていつも一緒にいるから」
「………」


茜と御剣は教職員用の食堂でテーブルを挟んで座っていた。二人の表情は正反対、茜はキラキラと目を輝かせ、御剣は眉間に皺を二本刻み顔をしかめている。
二人の仲は別段深いものではない。茜がどうしてもと御剣を食事に誘っただけなのである。
「御剣先生、成歩堂先生と毎日食事しているでしょう」
「まあ、そうだが」
茜は興奮したように机を叩いた。
「成歩堂先生に彼女はいるんですか」
御剣は口を開こうとして―止めた。真実を言おうとしてしまいそうだったからだ。目の前の茜がそれを知ってしまえばどんな行動をするか分からない。また、それを言いふらされるなどたまったものではない。教師という仕事も追われることになるだろう。
それは御剣と成歩堂しか知らない関係だった。これが世間に知れれば、御剣は問題ないのだが成歩堂は真っ直ぐな性格だ、最悪の結果が御剣の脳にちらつく。誰にも知れてはならない。これが二人の約束だった。
御剣はふうと息を吐くと、茜の目を見据える。
「いない、な」
「…カガク的に嘘はついてませんね?」
「私は君の目を見て言っている」
なら、と茜はさっきより目の輝きを強めて言う。
「どんな人がタイプなんですか」
「……うム…」
「そ、その沈黙は何ですか!」
成歩堂が御剣の家に来たとき言っていた言葉が浮かぶ。あのときは確か…
『僕は御剣が好きだ。御剣の性格も、何もかもが』
思い出して御剣は頬を染めた。どれだけ恥ずかしかったか、と目を伏せる。
茜に言うわけにはいかない…御剣は頭を抱えたい思いで乾いた唇を舐めた。
「…几帳面な性格だ」
「き、きちょうめん…」
茜は途方に暮れたように背もたれに身を預ける。職員室での茜の机は、ハイドロキシアセアニリドホスホモノエステラーゼ溶液の研究資料やら三角フラスコなどの実験器具で埋め尽くされていた。うう、と呻いて味噌ラーメンを啜る。冷めて不味い、と茜は顔をしかめた。
「ム、後5分で授業再開ではないか。…私はこれで失礼する」
「成歩堂先生が…几帳面好き…成歩堂先生が…」
御剣は少しの罪悪感に心を痛めながらも席を立ち、次の数学の授業に向けて廊下を歩き出した。茜はまだ分かっていないようだが、この学校では教師内の恋愛は許されていない。既婚者が異常に少ない教職員達に厳しく課せられた規則の一つだった。

御剣と成歩堂は男同士でありながらも付き合っていた。既に肉体関係にまで発展していて、成歩堂は自分の感情に不思議に思いながらも御剣と共に歩いている。
今日の残業が無ければ成歩堂が家に来る。御剣は来るべきして来る夜を思い、教室の扉を開けた。