ディー・ティーチャー! | ナノ



授業終了のベルが鳴る。
生徒達はそれぞれの道を帰っていく。夕焼けにうつる生徒の影が妙に美しい。巴は思った。
「巴ちゃん、どう?最近。泳いでる?」
巴の背後にはいつの間に近づいてきたのか、巌徒の姿があった。威圧感を感じさせる屈強な体を折り曲げ、巴が丸めて捨てた紙屑を拾い上げる。
「私、最近暇がありませんので」
「や、嘘。苦しいでしょ。ねえ。こんなもの、書いちゃって」
「全て分かっているのでしょう?巌徒教頭」
ひらひらと巴に見せつけるようにその紙を揺らす。巴は巌徒の方に向き直り、表情を崩さない。にこにこと笑う巌徒が偽りだらけの人間だと知っているから。油断したら、己の地位も存在も喰われる、と。
巌徒は悪戯が成功した子供のように口を歪め、手を叩き笑った。
「あっはっは、怖いよ、巴ちゃん。そんな、睨んじゃって」
「………」
「キミはナルホドちゃんが好きなんだろう?」
「…ええ。だから?」
「教師内のレンアイ。他がどうであれ此処は禁止されてるの。分かる?」
目の奥の真っ黒い感情を隠し巌徒は言った。くしゃくしゃに皺がよった紙切れの正体は書きかけの恋文だった。巴なりに頑張ったのだろう、恋愛小説にあるかのような文がつらつらと書かれている。巴は巌徒の手から紙切れを取り、目の前でバラバラに千切って見せた。ただ巌徒を見据えながら。
「ありゃ、いいの。渡さなくて」
「渡した瞬間に教師失格ですから」
「ボクに言ってくれれば、少しぐらい大目に見てあげるんだけどなあ」
「結構です。それでは失礼、巌徒教頭」
巴が赤いマフラーを翻しながら巌徒の前から姿を消したあとも、巌徒はそこに突っ立っていた。何かを考えるかのように自らの前髪を引っ張って。そして。
「あ、巌徒教頭。お疲れ様です」
「久しぶりナルホドちゃん。どう?泳いでる?」
「いえ、暇が無いもので…」
「そ。…巴ちゃん。ご飯いきたがってたよ、ナルホドちゃんと。」
巌徒は平然と嘘をついた。
態度や仕草はない。成歩堂にそれを見抜ける筈もなく。

「ほ、宝月巴先生が?僕と?」
「うんうん。ね。行ってあげてよ、今度。」
ボクが言ったってことは内緒だよ。

成歩堂は承諾した。
巌徒は満足した。
宝月巴の為にやったことではない。このまま巴を放っておけばいずれ彼女は行動を起こす。それを処理しなければならないのは自分だ。面倒くさい、と巌徒は思った。
結局の所、巌徒教頭は夢も希望も正義も身も蓋もない嘘を平気でつく教師としては最悪な人材なのだが、自分が為の行動が周りの人を助けてしまう。巌徒はそういう面で、この個性的な教師達をまとめる影の独裁者の地位を確立していた。