スクール・シンドローム | ナノ



「はあ、疲れたあ…」
「オデコくんは体力が無いねえ」
「よ、余計なお世話ですっ」

学校一のモテ男、高三の牙琉響也が首に巻いたタオルで汗をふいた。そのさまを女子達が黄色い声をあげて遠巻きに見つめている。ああ、いいなあ。俺だってモテたいよ。もう高二になったというのに恋愛は未体験、そりゃあ惨めだ、俺。何が駄目なんだ、ツノか?ツノなのか?
「ツノ以前じゃないかい。」
「心を読まないでください…」
やたらと俺に構う先輩は放っておき、次の授業の準備をする。さっきの体育は本当に疲れた。マラソンを完走しなければ、糸鋸先生の愛犬ミサイルに噛みつかれるとかなんとか、とりあえず色々脅しつけられた。
そんな疲れた体で今度は数学だ。鬼教師の、独壇場…
「失礼する。」
いつもより深く刻まれた眉間の皺。不味い。あてられるぞ今日は。

「御剣先生、今日は機嫌悪いみたいだね」
「大人しくしないとどうなるか分からないぞ」
「…問題集を出せ、王泥喜」
「は、はいぃい!」
周りのクラスメイトに笑われ、頬が熱くなってくる。今日のターゲットは俺みたいだ。眉間の青筋がぴきりと一本追加された、御剣先生の目はこちらに向けられていた。問題集の課題を解け、というところか。もう、今日は最悪だ。
「問い一の式、だ」
「っはい!大丈夫です!」
大丈夫、発声練習はしてきた。黒板の前に出て勢い良く式を書いていく。背中に感じる視線がかなり怖い。
書き終わって、御剣先生の方を向いた。…あ、
「王泥喜…前と同じ所で間違えているぞ。」





あれから数学の授業中ずっと黒板に書かされ、冷や汗で背中にカッターが張り付いた。突っ伏している俺にクラスメイト達が災難だったな、という目で見てくる。次は国語だ。
「あー…、やっと国語だ」
国語は俺の好きな教科だ。理由は担当の先生にある。優しくて、時に面白くて、学校中から愛されている先生に教えてもらえる。教室も数学の前とは雲泥の差、和やかなムードが広がっていた。

「おはよう、皆」
「おはようございます!」
「今日も元気が良いね。よし、じゃあ始めようか。」
フレンドリーな笑顔。
特徴的なギザギザの髪型と眉毛。
いつも身に付けている青いスーツがちょっと眩しい。成歩堂先生はどうしてこんなに輝いて見えるのだろう。俺だけなのかな。皆にはどうみえるのかな。
「…オドロキくん、問題集が出てないよ」
「っはッはいいい!すいません!」
またクラスメイトの笑い声が俺に向けられた。はは、恥ずかしい。何か別の意味で赤面する。
…成歩堂先生に喋りかけてもらった…
俺が嬉しいやら何やらの感情を噛み締めていたら、先生はとんとん、とその手にあるプリントを叩き、教室を見渡して言った。

「じゃあ、今日は裁判をしよう。数年前実際にあった状況で。」
渡されたプリントに、被告人のプロフィールと疑われている容疑、その内容が記されている。役割が割り振られていて、寸劇をするようだ。そこに。
弁護士役…王泥喜法介の文字があって。

「さ、やろうか。僕は裁判長役だからね。…弁護人、準備は?」

にこりと微笑んだ先生から俺は目を離せず、真っ赤な顔を見られたくなくて。うつむきながら俺は言った。

「だ、大丈夫です!」