牙琉響也の精神的感傷 | ナノ



宝月刑事と糸鋸刑事の名前が成歩堂龍一とみぬきの捜索隊に在るのを牙琉響也検事は虚ろな目で見ていた。検察官はこんなことに目を向けず黙って仕事をしてろという警察局の雰囲気に、イライラと奥歯をかみしめる。あの時の王泥喜法介の表情は夢に見るまでに酷く、幻みたいに消えてしまいそうだった。不意に、不気味にわらった兄を思い出す。生気がない瞳。成歩堂龍一とみぬきがそんな目をして路地裏のごみ溜めに沈んでいたら、と仮定するだけで、背中がきゅううと縮みあがり冷や汗が止まらなくなる。動悸、空気が凍結して響也を凍えさせるのである。
「馬鹿、だね」
あんなに無防備ならいつかまた、陥れられるハズだと思っていたのだが、こういう風にはっきり自分が正しいと認められると吐き気が止まらなくなる。こんな形で。せめて僕が死ねば良かった、見当違いな主張にくちびるが嫌な温度に染まる。無関係ではないし深く関係はない。だから僕はこんなに。空気はつくりあげた心を殺ぎ落とし肺を焼きつくし、響也から何もかもをうばっていくにちがいない。そんな白い目に満たされた空間に、ふいに科学薬品の匂いが近づいた。宝月茜だった。「アンタ、何してるの。」ふるえているその声。うっすらとただよう焦燥。響也は口を開こうとしたが、できなかった。胸がいたくていたくて仕方がない。「アタシたちに、アンタは協力してくれないの!?」涙声にハッとして目がかっと開く感覚。きつい薬品の刺激臭に徐々に自分が構築されていく。無力。そう思っていた少し過去の自分に苦笑した。僕は牙琉響也検事だ。
牙琉霧人弁護士ではない。
涙のすじでいっぱいの、彼女の頬を僕は許してはならない。そうだろう。