成歩堂龍一と成歩堂みぬきの別離 | ナノ



ひた、ひた、と、裸足の音が鳴る。「パパ。」みぬきは眠る男を見た。ソファから転がり落ちた、底の割れた緑がみぬきを鈍く映して、すっかり液体を吐き出している。「ねえ、ねえ。王泥喜さん、帰っちゃったよ。」細く小さな手が頬を撫でる。上を見ると、先程まで光っていた、白い蛍光灯が死んでいた。道理で、真っ暗だ……みぬきは窓を見た。半分に割れた月が曇り、更に、更に見えなくなっていく。みぬきは水色のシルクハットを外して、片方の手でしきりに髪を触る。みぬきには、わかっていた。「パパ、ねえってば。」夜は虚ろだった。男を取り巻く喧騒に、無実を讃える週刊誌に、夜だけが孤独を守る。生温かい空気が寂しさを生んで、みぬきを取り巻いていく。
みぬきにとって、この日はどこか違った。鼻をつく葡萄の香りに混じり、何処かで感じたことのある不快感。ソファに沈んだ男に寄り添うように、片膝をつく。「うっ…何、この臭い。」きつくなった不快感に堪らなくなって、みぬきは鼻を覆った。何かの…いや、そう、腐りはじめたばかりの臭いが、みぬきを涙目にする。「どうして、」男は動かない。いや、動くことはないとみぬきは理解して、「ああああああああ!」叫んだ。うずくまる。打ち付ける。響く、響く、愛が天井に跳ね返って落ちる。どうして、どうしてどうして、と、反応のない男に叫ぶ。緑の破片が、みぬきをわらう。潔く認めてしまえば良かったのに、とわらう。夢であれば、痛みさえも無いと破片は黙り込むはずなのに、裸足を切り裂いて、みぬきの心を染めていく。「し、んじゃった。」虚空。転がる瓶、散らばった脅迫状、みぬきは目を塞いだ。私の、せいだと。

ひた、ひたと音が落ち、ただ呆然と、男を見ていた。