夢小説 | ナノ

アルセウスと色違い



色違い


沢山のもふもふを抱えて、さくらは育て屋さんにてぼぅと惚けていた。今日はいつも自分の子達の面倒を見てくれている育て屋さんに恩返しをしようと決めて、目の前の道を横断することなくいつもは入れない柵の向こう側にお邪魔している。時折、ズイタウンの外れからやってくるはぐれアンノーンと触れ合い親交を深めた。この頃初夏に入りそう、ということもあってか若干アンノーン達はバテ気味で、それを心配してさくらは冷たい水を冷蔵庫の中に何本かストックしてはアンノーンに振舞っていた。美味しい水ではなくただの水道水な辺りは守銭奴かもしれない。何はともあれ、アンノーン達が嬉しそうに宙を漂いながら遺跡に帰っていくのだから、良いことをしているのだろう。さくらは優越感に浸ることができた。さてさて、あんまり惚けていてはサボりと勘違いされるからと、おじいさんとおばあさんの代わりに預かっているポケモン達にいそいそと餌をやるのも忘れないでおこう。さくらの預けたポケモンは今日は一匹。
真っ白いイーブイを預けていた。

「色違いって素敵ね」

お日様の光を浴びて、白いイーブイの毛並みがキラキラと光った。このイーブイの名前はまだない。ポケトレとかいうヘンテコな機械を渡され、数回使って連鎖を繋げる楽しさにワクワクしていた頃に偶然飛び出してきた子だった。捕まえるために出したエンペルトの見下した態度にすっかり怯えてしまって、すんなりとモンスターボールに入ってくれたのは良いのだが、その後拗ねたエンペルトと怯えたイーブイの処置に困り果てしまった。仕方なしにさくらは、イーブイを育て屋さんに預け、また自らが世話をすることで親密になる作戦に出たのである。エンペルトへの慰めはイーブイと親密になったら考えとして、手伝いをして一週間、ようやく膝に乗ってくれるまでになったこの子をどう扱うか考えようとさくらはもふもふに戯れる。

「アルセウスの色違いもいるのよ」

もふもふと戯れていると目の前には厄介な奴…もといアルセウスが、人型を取って宙にはもちろん、人としても存在が浮いていた。せめて出てくるならポケモンのままでてきてほしいとさくらは溜息を吐く。まだ、その方が可愛らしい。

「何しに来たの」

「私ももふもふと戯れようと思って」

「嘘つきは嫌い」

さくらは顔を顰めた。アルセウスはクックッ、と嘲笑を含めた笑いを喉から出して、それからあざとくも見つけ出したさくらの水筒から上質な美味しい水をコップに注いだ。アンノーンには水道水しかあげないくせに美味しい水とはね、と嫌味はもちろん忘れないで、アルセウスはいらない言葉を付録のように付け足してくる。さくらは一度周りにいたもふもふ達に遊んでおいでと言いやると、残った自分のイーブイ(絶賛お昼寝中!)を撫でながら、アルセウスを睨み付けた。防御力は下がった試しがない。

「人間って珍しいものが好きね」

「色違いのこと?」

「そう、その子達のこと。人間はアルビノなんて洒落た名前を付けているのだっけね。私にしてみれば息をして瞬きをして食べて寝るポケモンには変わりないように見えるけれど……でも、こうして珍しいものを捕まえる人間がいるのだと学ぶわ」

「人間はそういうものでしょ。自分が特別じゃないってわかってるから、特別を欲しがるのよ。友達だって肩書きだって、自分が誰かの何かの特別だという安心感を得るためのものなんでしょうよ。私は、特別なんかになりたくはないけど、ね」

「えっ?ごめん聞いてなかったわ」

「くそったれ!!」

さくらを無視してイーブイを撫でるアルセウスに、思わず悪態が口から飛び出してきた。くそったれなんて野蛮な言葉を使ったのはいつ以来だろうか。はた迷惑なアルセウスに(もしくは悪態をついたさくらのせいで)起こされてしまったイーブイは、眠そうな目をしたまま両前脚を好き勝手にぶらぶらと弄られている。耳はペタンとヘタれたままなのが愛らしい。イーブイを見るアルセウスの瞳はどことなく慈愛に満ちていて、いつもさくらを見下しているような馬鹿にしているようなそんな瞳はしていなかった。同じポケモン同士、やはり人型になっているとはいえ、そちらの方が波長が合うのだろうか。さくらは二匹の戯れに妙にムッとなって、イーブイの足を掴んで揺らしているアルセウスの手をぺしんと叩いた。別にどちらかに嫉妬しているわけではない。ただ、自分のモノを盗られたようでムッとしたのだ。

「あは、は。少しは思い上がりを止めたらいいのにねさくら。あなただって特別じゃないことに嫉妬してる。なぁんでそのことに気付かないフリをしているのか私には分からないわ」

もちろんのこと痛みを感じていないのか、アルセウスは嘲笑気味にいい?とさくらに目線を向ける。先ほどまでイーブイに向けていた慈しみではない。

「あなたはね、"特別じゃない"から外れたのよさくら。この色違いの特別と同じように。だけどそれをあなたも望んでいたの。だからこうして私がその夢を叶えてあげた。もう特別を欲しがれないからって、何度も何度も私にやつあたりをされては困るのよ。そろそろ自覚なさいな。あなたは与えられて特別になった、色違いのポケモンと同じように本当は捕まえられて研究所で体を開かれるべき個体なのだと」

「………」

「戯れにきたのはホント」

「……この性悪伝説」

嫌な汗が背中を流れる。精神攻撃という形で、ガリガリと削られていく自分のHPが0になるまであとどれくらいだろうとさくらは舌打ちをした。両者なの不穏な空気を察してか、困り顔のイーブイは両者の顔色を交互に伺い続けた。自分かイーブイかもう分からないけれど、何かを安心させるために真っ白な毛並みの頭をさくらは汗ばむ手のひらでゆるゆると撫でる。不機嫌なさくらに気付いたアルセウスは満足そうにやや上がり調子の言葉を投げ付ける。

「好きよ、さくら。あなたが私の特別な存在でいる限りはね」

特別じゃなくなってしまったらどうなるのか、なんてさくらにはもう聞けない。やはり伝説のポケモンにはロクなのがいないのだろう。興味を示してはいけない存在に出会ってしまった後悔は消せない記憶に違いなかった。アルセウスは脱力したさくらから真っ白なイーブイを奪うと好き勝手に、さくらがまだその域まで達していないというのに、気持ち良さそうに見せ付けるようにもふもふし始めた。

「……なんで色違いなんか作ったの」

「ポケモンにもね、特別を欲しがる子はいるのよ。………だから与えてあげたの。特別になってもどうせロクなことにはならないのよって戒めのために」

「残酷ね、あなた」

神は何時だって裏切るものよ、とアルセウスは珍しく少し抑えた笑みを見せる。それ以上を問いかけると、この神に分類されるポケモンの深みへ落ちる気がして、さくらは言葉をぎゅっと飲み込んで忘れてしまうように心掛けた。人間とポケモンには、少なくとも一線が、隔たりがあるべきなのだと思った。昔は人間も動物も同じものだったという本の一文がさくらの頭をよぎる。きっともう、この憂いを帯びたアルセウスには聞けない過去を、さくらは今度一切知る機会はないだろう。いや、そうじゃないと困るとさくらは頭を抱える。そんなこんなで迷惑なことに真っ白いイーブイとアルセウスのことばかり考えていて、結局エンペルトのケアをしたのはそれから一ヶ月も経ってからだった。すっかりヘソを曲げたエンペルトに困り果ててアルセウスがより一層嫌いになったことは言うまでもない。息抜きする暇すらさくらには与えられてはいないのだ。


特別とは何か
「…名前が決まらないわ」




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