夢小説 | ナノ

ディアルガとリセマラ


リセマラ


幾億ものアンノーンが、さくら達を見つめている。ギョロギョロと一つしかない目玉を彼方此方にやり、何を監視するでもなく危険を見つけようと懸命になっているような、それでも蠢いているこの無数のアンノーン達にさくらは身震いした。さくらの上に乗る男にとって、毎日毎時間このように見つめられたままなどとどんなに拷問だろうか。同情もそこそこに馬乗りになっている《ディアルガ》を退けるため、さくらはぐいと身を左側へと捩った。ディアルガは動かない。人型になっているとはいえ、いくら小柄な体型だとはいえ、男の体であることは変わりない。ひきこもり一人退けられないことに苛ついて、さくらは思わずディアルガの股間辺りを膝で思い切り蹴り上げた。ふぎゃん、とナヨナヨしい声と共に跳ねたディアルガの体がさくらの上からなくなった。

「発情期って、伝説のポケモンにもくるものなのね……一つまた学んだわ…」

ひんやりと頬をなぞる風で、さくらは自分が冷や汗をかいていたことを知る。体を起こして振り払ったディアルガに目をやれば、股間を抑えて悶絶している…こともなく、ガタガタと身を丸めて震えていた。ディアルガはさくらよりももっと酷い、コミュ障なのは把握しておきたい。

「……ごめんなさいもないのね」

「ごご、ごごごごごめ、ひゅ…なしゃ…ぼぼぼぼ、く…その、ぉ……にゃ、に…も…」

「ストップ。何言ってるのか分かんない。とにかく落ち着いて…って言っても無理そう?無理か。いいやじゃあ」

「ひひひ…ひ、」

さくらに対する無礼を取り繕うようにディアルガは不気味に笑う。例え襲われたとしても、こいつであれば簡単に逃げ出せると確信してさくらはディアルガに接するべき態度を決める。目の下にクマを作って髪の毛はボサボサ、さらに服はよれよれでこれで神様やら伝説のポケモンとやらをアルセウス以外に言われても、信じはしない。アンノーンからの過剰な監視で、ディアルガは鬱のパルキアは躁の状態が時折続く。アルセウスに止めるよう進言したこともありはしたが、説明を聞いてさくらは無駄だったことを知る。詰まる所、彼らは二人揃って初めて本来の力を発揮できる神様で、しかし仲は悪いし力は強くなりすぎて制御しなくてはならなくなるしで監視をしなければ世界崩壊も免れない…だそうだ。ギラティナの次子である彼らが背丈も小さくそこらの悪ガキと揶揄されても仕方ないナリなのも、アルセウスがそれを恐れて力を封印しているからに起因する。さくらは横暴的にディアルガを逃すまいと首根っこを掴んだ。

「わ、わははははは」

「笑ってんじゃあないわディアルガ。あなたの顔を久しぶりに見に来てあげた人間をいきなり襲うなんて、どういう了見なのかしら」

じぃと見下す。
ディアルガはひきつる笑い顔を止めて、濡れた子犬のようにしゅんとした、さも悲しみを目一杯溜めたような顔をして俯いた。パルキアよりタチが悪いディアルガにさくらは毎回対応に困っている。時間を司る者に時間を喰われていた。

「ひ、ひぃ…さしぶり、にぃ……さくらと、会えた…から」

飛び付いたらさくらがそのまま体勢を崩してしまった、つまりはただの事故。さくらが勘違いをしただけ。ディアルガから告げられた自分のミスを冷静に思案して、下衆いことに繋げてしまった全くの完全落ち度で赤面する顔をさくらはそっぽを向いて隠す。若干涙声かつ涙目のディアルガを掴んでいた手を首根っこから離すと、反動でディアルガは軽く前のめりに倒れた。慌てて起き上がったディアルガは、様子のおかしいさくらを、どこか具合でも悪いのかと眉をへの字に曲げて首を傾げ伺うように見つめた。さくらは横目で答える。
かちりと目が合った。

「……!さくら…だだ、だぃ、大丈夫?」

「大丈夫よ。何もないから話しかけないでよ。今考え事してるの」

「で、でもぉ…その、僕が悪い…こと、したんでしょうぅ…?また何かやっちゃったかなぁ…とか、かか」

「ないない。私のポケモンでもないくせに顔色伺わなくったっていいんだからね。そもそも伝説のポケモンが人間が来て喜ばないでよ」

「……ぁ、あぁ…えっとそうかそっかぁ…ふひひ……じゃ、じゃあぁぁ…どうしよ、う?」

まずは顔を拭くことから始めなさい、とカバンから濡れティッシュとハンカチをディアルガに乱雑に投げ付けた。着替えてくれるともっといいのだけれど、と付け加えて。ゴシゴシと念入りに拭いて、さくらの渡した花柄ハンカチが真っ黒になった頃、アルセウスの子供らしいことが証明できるくらいには整った、長い睫毛の満足そうな顔をしたディアルガが出来上がった。顔以外の部分はまだまだ汚れている。何日風呂に入っていないのか、と真っ黒に成り果てたお気に入りのハンカチの無残さとそれにさくらは深い溜息を吐いた。漏れる声に呼応して、ディアルガの肩がびくりと大きくうねる。怯えた傍のポケモンを尻目に此処へ来た目的を果たそうとさくらは、カバンからクッキーの袋を一つ取り出した。アルセウスがクッキーを焼けと命令し、さらにはそれをさくらの神様への心象を良くするために配れという名目で、さくらはパシリを今日も今日とてやらされていた。いい加減、命令することで心象が殊更悪くなっているということを申告すべきである。が、黙って従っているのは、こうして生活力のない彼のことがさくらの気掛かりになっているのかもしれない。優しくするつもりはないけれど、さくらは放っておけない質であるから仕方ない…とは認めたくなかった。

「ひひ、ひ…さくらは、とってもお節介…だ、だね……よく後悔する、タイプの…のの」

早速袋から取り出した市松模様のクッキーをむしゃむしゃと頬張りながらディアルガが言う。大層時間がかかったクッキーも、食べられてしまえばただのカスに変わる。食べカスがボロボロズボンの上に溢れて、最上級に汚い。

「……まぁ、ね…そんなあなたはあるのかしら」

「ななな、ない…よ……時間なんて、簡単にぃ…ひひ、巻き戻せるる、もの…君と、こここの会話するのも…もう何度目か、かかなぁ…ひひっ」

意味ありげな台詞も、さくらには虚勢にしか聞こえなかった。それでもこのポケモンはディアルガで、神様で、時間を司っているとなれば虚勢も虚勢ではないのかもしれない。嘘ではないのかもしれない。ディアルガがこれ以上余計なことを言わないようにと釘を刺しにアンノーンが二人の周りに集まってきた。無音で会話をしている。耳慣れない低温と高音のミルフィーユが、ディアルガを見やるさくらの胸をざわめかせた。何処かで似た音を聞いたような気がして、ざわつく胸を頭を体を食いしばって押さえ付ける。冷ややかな汗をかきながら、冷ややかな目を向ける彼を直視出来ずにいて、さくらは言い知れぬ不安に生唾をゆっくりと飲み込んだ。
沢山が、見ている。
監視している。

「次はちゃぁんと最後まで、ね」

口が三日月のようだ、とさくらは眩む世界で踏み止まった。ディアルガの目付きが急に大人びたような錯覚に、慌てて惚けていた頭を切り替えるために首を左右に振る。やっぱりさくらは得体の知れない神様という輩を好きにはなれず、一度くらいはアルセウスの命令に背いてやろうと心に決めたのだった。アンノーン達の白黒目玉は視線を宙に浮かしたまま、ディアルガは相変わらずクッキーの食べカスを落としたまま。リセットを繰り返した先にあるのはメリーにハッピーエンドかもしれないと希望を抱いてさくらは思考を停止した。
チクタクジロリ。


『ククク、ッキー美味しいよぉ…』
『それなら良かったわ』



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