夢小説 | ナノ

レジギガスと純粋無垢


純粋無垢


一面の銀世界に佇む。
さくらは今の自分が置かれている状況に頭を抱えた。コトブキシティでしばらく滞在しようとホテルをとって、ポケモンセンターを宿として休をしてから街探索を行う筈だった。しかしここで、アルセウスに出会ってしまったことが問題。アルセウスはいつも通りにこにことした顔で、さくらに旅行に連れて行ってあげると提案をしてきた。そして全力で拒否する暇なく、さくらはテンガン山の麓、キッサキシティへと続く吹雪の道に飛ばされてしまうこととなったのだった。幸い相棒達を入れたボールを持っては来たものの、雪山を越える装備など全く用意をしていない。早くここを抜けて、キッサキシティにでも行かないと凍え死んでしまう。シンシン、よりはゴウゴウと鳴る降雪の中をひ弱な足で突き進む。

「さっ…むい……」

体温が冷えていくのが分かる。冬服コートは宿のベッドの上に置いてきてしまった。後悔しても既に遅いと溜息をついて、さくらは足跡一つ見えない山道を歩いていく。行く道は見えず、来た道は消える。不安が入り混じって辺りに耳を済ますと、微かにだが何かの気配を感じさくらは思わずボールの一つに手をかけた。キッサキシティに入る前の道は、確かニューラの縄張りが多く点在している。心許ない装備では、相棒達へのバックアップも満足に出来ないかもしれないとゴクリと唾を飲み込んだ。

「……あ、れぇ」

構えて数十秒。目の前に現れたのは長身の、真っ白い亡霊のような女性。白いワンピースだけを着て、裸足でのそのそとさくらに向かって歩いてくる。さくらにはこの女性が誰であるかを知っていた。シェイミの下僕、もとい友人。さくらが嫌いな伝説ポケモンの一匹で、特性はスロースタート。キッサキシティの神殿の奥の部屋で眠っていることが大体であるポケモン。認識が出来るとはぁ…と情けない声が声にならないままで口から出たのだった。

「レジギガスじゃない。何してるの」

「………さくら、ダ」

「あなた、寒くないの?」

「………フツウ、サンポ…シテタ」

声をかけると白く長い脚で無理矢理深雪に道を作って、《レジギガス》はさくらの目の前にやってきた。人に会えたことが嬉しいのか、目を輝かせて嬉しいオーラを体全体から垂れ流している。さくらは伝説ポケモンの類は苦手だが、レジギガスだけは苦手というよりむしろ好んでいた。のそのそとした動作や大らかな性格が煩わしくない。さくらを好いて寄ってくるから、珍しいお菓子を餌付けしてやるのも楽しいとすら感じている。総評して、悪くはなかった。レジギガスとの出会いはシェイミがもたらしたのだが、さくらは彼女との交友を深められたことで、少なくともその点一点だけはシェイミに感謝はしている。兄弟がいないさくらには良き妹でもあり、姉のようにレジギガスは見えていた。

「………さくら、モ…サンポ?」

「違うわ。私はアルセウスにここまで連れて来られたの。ただのハプニングよ…早くキッサキシティにでも行かないと相棒達共々死んじゃうわ」

「………ジャア、おれ…ツレテク。ソシタラ…さくら、ホメル…シテクレル」

「して欲しいならね。撫でてもあげるわ」

「………ワァイ」

抑揚のない声でレジギガスは万歳した。ポケモンにも寿命はある。旅の中で、そういう別れの経験もした。寿命が尽きたポケモンがどうなるのかは、大体人間と同じでトレーナーのいるポケモンは埋葬されるし、いなければ風に晒され朽ちるかまたは野生ポケモンの糧になるか。伝説ポケモンの最期の事は分からないし興味もないさくらだが、彼らにも寿命があるのかないのか、それだけは知りたいと思っていた。目の前のレジギガスがまた飛び跳ねる。外見は大人のお姉さんなのに、年相応の動きをしない。レジギガスは人間の姿から元のポケモンの姿になると、さくらを大きな手に乗せてのそのそと町に向かって歩き出した。

「なんでポケモンの姿に戻るの」

「………ニンゲン、ナルノハ、あるせうす…アゲルッテ、イッテクレタ……ケド、おれ…ポケモン、ダカラ……ニンゲン、ツカワレル、ポケモンナラ…アタリマエ」

機械音混じりの声がする。人間なら肩に当たる部分にあるふわふわしている緑色を、さくらは振り落とされないようにぎゅうと掴む。吹雪はまだ止まない。

「………さくら、ニ…ツカワレル、ナラ、ボールニハイル、イイカモ…オモウ。あるせうす、ヤメロ…イウケレド」

「止めた方がいいわよ。あなたはこんなところに収まって私の命令でバトルするより、今日みたいに真っ白な世界を自由に散歩してる方が幸せだと思う」

「………おれ、アタマワルイ…ダレカ、メイレイサレナイト、ナニモ、デキナイ。あるせうす、ムカシ、おれ…メイレイサレテ、タイリクハコンダ」

レジギガスの図鑑説明にもそんな記述は確かにある。図鑑を作った人間は、ポケモンのことを知りすぎていて気持ち悪いなとさくらは白い息を吐く。そもそも、自虐するレジギガスが本当に頭が悪いというなら、大陸を運んだという話も信じがたい。しばらく会話らしい会話もせずに、暖かい彼女の体温を感じ続けて、さくらが寒さが安堵かで眠気が襲い始めてほどなく、世界は吹雪を抜けた。

「ありがとう、レジギガス。あなたのおかげで死ななくて済んだわ。この辺にしておかないと、あなたの姿が人間に見られちゃうから降ろしてちょうだい」

ふわふわの雪の上に降ろされる体。運んでくれたお礼にとさくらが手を差し伸べると、慌てた様子で人間の姿をとって、レジギガスは頭を差し出すようにさくらの目の前に屈んだ。黙って受け入れ、優しく癖のないさらさらした白い髪の毛の感触を味わいながら撫でてやる。

「………マンゾク、シタ。アリガトウ」

「うん。気を付けて帰ってね」

「………さくら、イツカ…あるせうす、アナタヲステル。ソレマデ、おれ、トモダチデ、イテネ」

純粋無垢に見上げるレジギガスにその頃にはもう私なんてものは死んでるわ、と冗談めいてさくらは返した。内心、早くそうなって欲しいなどと恵まれた不幸を思い描いてはいたけれど、このレジギガスとの縁が切れてしまうことは恵まれないただの不幸になるだろう。期限ある友人に感謝して、名前はレジギガスが白い白い世界の中に溶けていくのをただ見守る。冷えていくのは体温。覚めていくのは心。純粋無垢なポケモンを手持ちに加えると、【ポケモンのあるべき世界】なんて難しい議題で堂々巡りをしてしまうだろうか。さくらはやはりレジギガスは捕まえないで、自由に思考している姿を眺める方がいいと霜焼けを暖めながら町へ急いだ。
ヒリヒリゴウゴウ。


『さくら、オモクナッタ』
『それ、失礼だわ…』




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