夢小説 | ナノ

シェイミとミアレサンド


ミアレサンド


つるぺったんと落ちる音。
さくらは昼ごはんとして買った、結構味が美味しいと評判だがシンオウにはなかなか仕入れている店がない、ミアレサンドの無惨な姿をまじまじと眺めていた。相棒達に分け与えて、ようやく残った最後の一つを口に入れようとしていたのに思わぬ邪魔が入った。ミアレサンドを掴んだままの格好で恨めしそうにさくらは、目の前のツインテ幼女…《シェイミ》を睨む。当のシェイミは悪びれる素振りは見せず、ウインクして舌を出し、握った手を頭にコツンと当てる。俗にいう、てへぺろという動作をこの日さくらは初めて見て、そしてこれほど憎らしい動作は存在しないと認識したのだった。悪態を吐きたいのを我慢して、ソースが付着した指を名残惜しくぺろりと舐めてから、さくらはシェイミに聞いた。

「何しに来たの」

てへぺろから形を崩さない。
このタワシはとことん人を苛つかせる。

「ごめんなさい。タワシは喋れなかったわね。聞いた私が馬鹿だったわ。いやほんと、ごめんなさいね」

「タワシじゃないでしゅ!!!」

「聞こえない聞こえない」

「もうご飯くらいでみみっちい女でしゅなぁ…シェイミ様が降臨してやったんでしゅから、涙を流すくらいはして欲しいでしゅねぇ」

「悪かったでしゅ」

はいはい、とやる気のない応対をする。シェイミという生き物はこれまで何匹か見たことがある。花の楽園に行き着いた時のこと、ミーミーと泣き喚く無数のシェイミ達に耳がおかしくなりそうだった。この目の前にいる種類は、数多のシェイミの中でも最悪おかしいとさくらは認識していた。伝説や幻と言われたポケモンが、人間と対話し会話し触れ合いを持つことを忌避する声が多い。しかし、こいつは違う。わざわざトバリシティに入る前の道の段差に腰掛けて、ミアレサンドを頬張ろうとしているさくらを探し出すくらいには交流に飢えていた。知りたがりは罪で、罰だというのに死にたがりに繋がるということを知らない無知であった。無知なシェイミは、さくらに遊ばれていると悟るときぃぃ!!と地団駄を踏む。

「むかつくポーズを取るからよ。自業自得」

「ミーは、君が好きだからこうしてお近づきになりたいと思ってやってるんでしゅ。ミーの好意とか優しさを踏み躙るさくらは鬼畜でしゅ…鬼でしゅ…しくしく」

「ミアレサンド、食べる?」

面倒臭くて話しを変えるために、地面に落ちていた、わざとらしくたっぷりの砂利を擦りつけてあるミアレサンドを、さくらはシェイミに差し出した。さくらの行動に手を目元に当て泣き真似をしていたシェイミは、キャラ作りも忘れて固まってしまった。さくらはぐい、と差し出した方の手を、自分より低身長のソレにさらにぐいぐい押し付ける。原型が崩れた元食べ物からはみ出た砂利の付いたソースが、ぺちゃりとシェイミの髪の毛に彩りを添える。

「……どうしてくれましゅか」

見事なシェイミの甘辛ソースがけ。さくらはギラティナに差し出せばうまいこと調理しそうだと顎に手を当てて頷き、納得した。

「タワシモードになってくれるなら、ポケモンセンターでシャワーを借りてあげてもいいわよ。人になってる時って、伝説はどいつもこいつも可愛くないから嫌なの」

「ぷぅ…今回ばかりは可愛いミーも折れてやるしかないでしゅね。あなくちおしや…」

一瞬で、人間はポケモンに変わる。

「やっぱりランドフォルムが好き、私」

さくらはシェイミを抱き上げると、応急処置として取り出したポケットティッシュで拭いてやった。ほのかに香るのはクラボとモモンのブレンドされた甘辛ソース。約束してしまったからには、シェイミをポケモンセンターに連れて行かなくてはいけない。相棒達のボールを腰のベルトにセットして、さくらは脇に置いたカバンを背負うとトバリシティに向かって歩き出した。

「それにしても、君は変わっていましゅね。普通の人間であれば、ミー達みたいななかなか会えないポケモンはなんとしてでも捕まえたい対象でしゅ。アルセウスなんて、神様でしゅよ。捕まえたら世界手に入れちゃうでしゅよ」

決して、さくらがポケモンを捕まえる技術に自信がないわけではない。バトルも、元チャンピオンの肩書きがあるのだから得意な方ではあるのだろう。でも決して、伝説のポケモンを捕まえようなんて驕った考えに至ることはなかった。あの時も、またあの時も。何度も彼らに対峙して、人の小ささを思い知らされる。

「……嫌い、だからね。ポケモンがいないと何も出来ないんだろうなって、私が駄目な奴ってすっごい思っちゃうから嫌。捕まえてもみなさいよ、ポケモンに頼り切ってもっと駄目になる」

「嫌いなら倒せばいいのに」

「現実、できたら問題ないわ」

トバリシティに入る前の電光掲示板に目をやるため、会話を切り上げて立ち止まる。さくらが今朝、歯磨き中に見たニュースがまだ流れている。重大事件が起きている、ことはここ最近もうなかった。シェイミをポケモンセンターに運んだあとは、ヨスガシティまで足を運び相棒達と触れ合おうかなとぼんやり思い付く。騒々しい日々に終止符が打たれ、平和に慣れることの出来ない自分にさくらは溜め息を吐いた。平和だとか均衡だとか、手に持ったミアレサンドのようにふとした拍子で台無しになるというのにそれなのに。さくらは普通じゃない、甘受できない人間なのだ。再び歩き出した足取りは、鉛より重い綿が巻き付いているみたいに重かった。
フワフワズシン。


『ミーのてへぺろどうでしゅた?』
『最悪』




.


prev next

bkm