夢小説 | ナノ

パルキアと5500円


5500円


目の前には傷付いたポケモン。
さくらは眉を顰めつつ、じぃと目を凝らして見た。ミオの図書館で読んだ昔話の通りで、シンオウの伝説なんて仰々しく呼ばれるポケモン達は、自分たちの皮を脱いで人間になる…らしい。曖昧なところは、実際さくらがそのシーンに立ち会ったことがないからである。よくよく観察して、突いてみてからようやく、このポケモンが《パルキア》であることに確信を持った。パルキアの傷は浅く、カバンのポケットから取り出したすごいきずぐすりで回復しそうだとさくらは診断した。かいふくのくすりやまんたんのくすりを使わなくていいなら、とても安上がりである。ミックスオレぐらいの傷であれば尚更良かったのにとブーたれて、さくらはすごいきずぐすりをパルキアに処方してやった。
パチリ、と目が開いた。

「おはよう、パルキア」

パルキアはゆっくりと、まだ爛々と血走ったままの目をして、目線だけをさくらの方に向けた。はふ、と息を吐く。状況を理解するためパルキアは目線を空へと戻して、先ほどまで穴が空いていた胃の辺りを弱々しく撫でた。

「…生きてる」

「すごいきずぐすり分の代金、2500円はあとで払ってね」

「…死にたい」

はぁぁぁと今度は血塗れの両手で顔を覆って、目一杯深い溜息を付いた。パルキアはあまりさくらが好きではない。いつもいつも自腹で買ったお菓子を全て盗んでいき、さらにディアルガとの勝負には横入りをしてきては手持ちのポケモンを使ってぶん殴ってくる彼女を、できれば疎遠でいたい候補ナンバーワンにしないわけにはいかなかった。何をしてもさくらは無言で、パルキアのやることに突っかかってくるのだからいけ好かない。今現在もクリアになってきた頭で考えるも、傷薬の代金をせびられる理由が思い付かなくて、パルキアはくそ、と悪態を吐いた。

「金なんてねーよ…つか、俺はなんでお前から代金せびられないといけねーんだし」

「お腹に大穴空けて寝ていたから、助けてあげたの。少し遅ければ、きっとヤミカラスくらいがあなたの腸とか突きに来てたわ。代金は知り合いだから5000円にしてあげてもいいわよ」

「金額増えてんじゃねーか…」

「優しさはプライスレスにはならないの」

道の往来で堂々と横たわったままのパルキアの頭をさくらは撫でる。一撫ですることに100円刻みで数字を口に出していくと、500円になったところでさくらの華奢な腕は、パルキアによって掴まれ制止することを余儀なくされた。血塗れの体を腕を掴んだまま、ふらふらと左右に揺れながら起こした。ディアルガに負けたのかとさくらが無遠慮に無配慮に聞くと、パルキアは不意打ちされたんだと苦々しい血反吐で地面に赤を塗った。

「急に来て、ときのほうこうぶっぱとかあいつ最強に卑怯だぜ。俺がパルキアじゃなけりゃあ、今頃御陀仏だ」

「珍しいのね、不意打ちって」

ディアルガとパルキアの喧嘩は毎回、大概名乗り合ったり果たし状を書いたりと雰囲気重視の行動を取る。二人ともひきこもりのせいか、本で読んだ知識を試したがる。悪く言えばミーハーで、よく知りもしないくせに知識をひけらかす。犬猿の仲は、決して仲良くはしない。

「腹の居所が悪かったからな…あいつ、何かしら問題があんじゃねーの。さくら、何か聞いてねーのか」

お互いにお互いを理解してはいるが、理由もなくお互いを嫌いすぎていて仕方ないと、お互いからさくらは口酸っぱく聞かされている。掴まれていた手が解放され、うーんとさくらは思案する。フリをする。

「まぁ、知らねーならいーぜ」

「そもそも最近会ってないわ」

「会ってやれよ…俺と違ってディアルガがまだ人には好意的じゃんか。さくらも、それなりに好きだと思ってたけど」

「騒がしいのは嫌いなの」

全力でさくらは首を振る。

「あと伝説も好きじゃない」

「完全にアルセウスの奴のせいだろ、その理由は」

パルキアは血塗れのまま立ち上がり、指で丸く空中に円を描いて空間に穴を開けた。向こうの世界では大量のアンノーン達が、一つしかない目玉をギョロギョロと休みなく動かしている。雷鳴が轟く世界に片っぽ足を入れて、パルキアは帰ると誰に言うでもなく呟いた。伝説は人前に簡単に姿を現さないから伝説なのであって、さくらの前に容易く姿を現わす彼らは果たして伝説ポケモンのカテゴリに入れてしまってもいいのかと、わざわざ伝えてくれるパルキアにさくらは可笑しくて鼻で笑った。赤目が睨む。慌てて見送りをし直したさくらが、そういえば代金を徴収していなかったわと穴に入りかけていたパルキアの服の端をぐいと掴んで、脳震盪を起こさせるまであと二秒。
イチニイグシャン。


『5500円ちょうだい!』
『誰がやるか小娘!!!』



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