夢小説 | ナノ

アルセウスとキエロサラステ


キエロ サラステ


その日は朝から調子が良かった。
さくらはぼんやりと空を眺めて、それから目線を落として先ほどまで戦闘をしていた、相棒達を労わる。彼女はシンオウ地方のチャンピオンになったはいいが、リーグに縛り付けられ監視される生活はしたくないとその名誉は記録だけを残して返還した経歴を持っている。実際、さくらは愛する相棒達がどの程度出来るのかと腕試しがしたくて挑んだのであって、まぁあんまり名誉や地位には興味がなかった。彼らが頑張ってしまった結果、チャンピオンになった元チャンピオン。今現在は慣れ親しんだシンオウ地方で、ポケモンバトルに明け暮れている。

「バトル以外にやることがないのよね、さくら」

「うわ…また来た」

「神様はどこにでも降臨するのよ」

バトルに明け暮れていたら何故か世界平和に巻き込まれ、反転世界とやらに飛ばされ、さらにはその場の勢いでテンガン山にまで登頂した。悲劇の始まりは、頂上の槍の柱のその先…始まりの間やらとやらに繋がる白い階段を登ったこと。知りたがりやのさくらは、このポケモン《アルセウス》と不運にも出会ってしまったのだ。くそ渋い声で、何故かオネェ。堪えきれずに気持ち悪い…と呟いてしまいアルセウスを怒らせてしまったさくらは、私の友人になりなさいと半ば無理矢理に友人契約の書類に判子を押さなければいけない事態を引き起こす。人をおちょくることが大好きな白い悪魔に、昼夜関係なく突然押し掛けられることとなったのは言うまでもない。もはやお風呂にも、トイレにも、さくらの安らぐ場所はない。シャンプーリンスの銘柄から、使ったトイレットペーパーの長さ、下着のサイズ、その日食べた献立から何まで記録をつけられ、ノートを見せられた時にはさくらは卒倒するしかなかった。日々、さくらが胃を痛めていることを知らないアルセウスは、美しい顔立ちのままで嘲笑する。

「あんなに監視されるのは、管理されるのは嫌っていっていたのにねぇ」

「あなたのせいで滅茶苦茶だわ」

「何が?」

「私の人生設計!!!!」

ぶちぶちと文句を垂れる。悲しいかな虚しい小動物の文句は、アルセウスによって全て流水の如く聞き流された。苛々した様子のさくらに異変を察知したのか、相棒達が不安そうな鳴き声を漏らす。長年共にいるだけあって、自分のトレーナーの変化には過敏だ。アルセウスはふわふわのツインテールを風にたなびかせながら、彼らを安心させるかのように大丈夫よと声柔らかに囁いた。

「それで今日は何の用」

「そう、そうそうそう。さくらに用事があってわざわざこんな人臭いところに降臨してあげたのだった。思い出させてくれるなんて優しいのね」

「で、用件」

腕組みして、さくらは訝しげに聞く。カラカラと楽しそうに笑い声をあげるアルセウスが、心底憎たらしかった。用事にしろ、お願いにしろ、アルセウスがさくらに言うことは全て命令と同じ。従わなければ殺される。『友人を裏切った』というなんとも言えないふざけた建前によって。アルセウスは機嫌が良いのか、鼻歌まじりに真白な服の懐から、蝋で封がされた何通かの真白い封筒をさくらに差し出した。

「何コレ」

「封筒」

当たり前には突っ込まず、さくらは反射的に差し出された封筒を受け取ってしまう。一通光に透かしてみたが、見えたのは辛うじて何か文章が書かれた便箋だけで、その他は何も入っていなさそうに見える。下世話にも、ポケモンが書いた手紙の内容が気になるのは、そういう年頃なのだということにしておこう。

「それを、私の息子…娘?まぁどっちでもいいのだけど、その子達にあげてきてちょうだい。やらないといつもどおり首が飛びます」

アルセウスの子供は三人。
途轍もなく面倒臭い事案。

「うげぇ…」

嫌な気持ちが喉を通り過ぎて口から出てしまった。慌てて口を閉じて、さくらはしばらく思案する。それから笑顔を崩さないままのアルセウスを見て、自分にはこれっぽっちも拒否権がないことを悟った。もうすぐ進化しそうな子もいるんだけど…と遠慮気味に辞退したいことを告げてはみたが、駄目に決まっているでしょうと無慈悲にも一層された。

「あなた、バトルすることしか今はやることがないんでしょう?目的目標を作ってあげたことを喜んで欲しいわね。人なんて、私達ポケモンがいないとただの生きてるだけのモノなのだから、それくらいはやりなさい」

まだ迷うさくらに追い打ちをかける。このアルセウスはおいうちを覚えていない。ポケモンの神様が人を扱き使うことを良しとしているんだから、これではさくらの神様だとか伝説だとか、そういうポケモンの中でも特に神秘なものへの探究心は、消え失せることマッハは必至だった。受け取った封筒を、鞄の大切なモノを入れるところに仕舞い込んで、仕方ないからやりましょうと嫌々アルセウスに答える。アルセウスは希望していた答えに嬉しそうな反応で、笑顔がさらに気持ち悪さに拍車がかかった笑顔になった。胸の前で合わせられて擦り合わせている手が小憎たらしい。

「ありがとう、さすが私のげぼ、…どれ、……違った友達ね!」

「下僕でも奴隷でもないわっ!!」

失言にもならない失言に悪態を吐きつつ、さくらは休ませていた相棒達をモンスターボールに入れて、駐屯していたこの場を去る準備をする。目的ができてしまったのなら、早々に片付けなければいけないとそんな脅迫観念に駆られて、おろしていた髪の毛を無造作に纏めて、全ての旅支度を完了させた。振り返るとアルセウスはすでにおらず、ただ一人取り残されたさくらだけ。耳の奥で、アレのクスクスと笑う声が反響する。自分が悪さをしないよう、ポケモンに対して愛情を損なわないよう、どこからか監視をし続けられているのだろうとさくらは溜め息を吐いた。そうして、どこにいるかもわからない、アルセウスの子供達を捜す新たな旅を始めることにワクワクしている自分を呪った。最高に良かった調子が、下落する音が聞こえる。
ガラガラドシャーン。


『ところで紅茶くらい出してよ』
『消えろ!彼方に!!』





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