夢小説 | ナノ

ディアルガと四つ葉


四つ葉


『クローバーの花言葉って知ってる?』ソノオの花畑で遊んでいる最中、唐突に友人から尋ねられたことがあった。花言葉自体は誰かに教えられたことがあった気はしていたが、その場では答えられずにいて忘れちゃったとはぐらかす。それならいいのと友人は嬉しそうに微笑んでそうして、この話は終わり。さくらは未だにクローバーの花言葉は知らないまま。名前も知らない遠い土地へ引っ越して行った友人から貰った、萎れかけの四つ葉のクローバーを押して作った栞は今でも大切に使っている。四つ葉のクローバーに愛着などなかったけれど、それでも友情の証なのだと思えていた。多分、今日までは。

「……さくら、おひゃよう」

噛み噛みの愛想笑いでさくらの目の前に立ったのは、普段引きこもって姿を現さない筈のディアルガだった。さくらは今、ヨスガシティにあるふれあい広場にて手持ちのポケモン達と戯れている真っ最中。普段体を動かさないからきっと、明日には全身筋肉痛になっているだろう。突拍子もなく現れたディアルガを悉く無視してしまいたい気持ちに駆られつつ、しかし今日は珍しく正装(と呼んでしまっていいのかわからないが、いつもとは違うきちんとした身なりでいたので仕方ない)で現れてきたものだから、さくらも驚いて挨拶に言葉を返してしまった。ディアルガの噛みっぷりに哀れに思う。
顔を顰める。

「もう午後よディアルガ。噛むくらいなら話しかけなくてもいいわ。外に出てきて珍しいから、こっちも珍しく会話をしてあげるけどね。光栄に思って」

「ふひ、ひひ…ありがひょう」

ディアルガは落ち着けば案外まともに会話ができることを、さくらは学んでいた。落ち着くまでにはそれなりの時間がかかるけれど、それでも詰まらずに言葉を発することができるのなら、会話がしっかりできるということに繋がる。吃ったまま、詰まったまま、だとまともな会話も茶目っ気たっぷりの冗談すら、大概する気にはならないものなのだ。緊張しいなのか、それとも人間が苦手なのか、見目麗しいと表現しても怒られない程度に全身の造りはいいというのに、その点だけが大きな欠点として立ちはだかる。アルセウスもディアルガも、もちろん他の伝説ポケモン達も、どうして造形が良いのに口を開けば残念なヤツらしかいないのだろうか。さくらは完璧な生き物なんてこの世にはいないものだ、と無理矢理納得させてまた、ポケモン達と探し摘み取った四つ葉のクローバーをくるくると指先で回す。

「きっ、綺麗なクローバー…だね」

「やぁよ隣に座らないで変態」

許可もなくディアルガが隣に座りかけて、ズリズリとベンチの距離を取る。慌て驚いたディアルガが口元に左手を持っていって、心底困ったような顔をした。日頃の行いが悪いからだ、とさくらはギスギスとした視線をディアルガに向けて目一杯送った。さくらの睨みつけるで怯んだディアルガは、オズオズと先ほどまで立っていたベンチの端に戻って心底残念がるように項垂れる。ほえるが使えたら良かったのにと後悔した。

「にゃ、にゃにもしてないのに…」

「今日、お風呂は」

「さくらに、ぁ…会うためにききき、来たから、入った。アアア、アンノーンがねぇ…ひひっ、目玉ふふ風呂ぉ…」

とことん嫌な想像をさせる。アンノーンが沢山入っているお風呂になんて浸かりたくもない。浸かったところで幸せなバスタイムなどおくれる訳がない。一応女子ではあって、さくらもバスタイムというヤツは好きだった。それを何故もこう歪めてくるのだろう…不快で眉を潜ませると、さくらの不快感が伝わったのかまた、ディアルガが喉を詰まらせたように慌てて謝罪を述べた。心の篭っていない謝罪を軽く受け流すと、さくらはビクビクと視点の定まらないディアルガに視線を向ける。さも当然かのように地べたに体育座りをするこれが、時間を司るシンオウの神だとは信じたくはない。見るからに高そうな服が汚れても、まったく気にしていない様子だった。

「ディアルガは…クローバーの花言葉って知ってる…?」

「知ってる。知ってるから大昔にパルキアに嫌がらせでたっくさん送りつけてやったらクローバーまみれになったパルキアが窒息死しちゃうんじゃないかっていうくらい埋もれてアルセウスがそれを見て僕は何故か怒られてしまってそれからクローバーやらそういった植物をパルキアに大量には送らないようにって禁止令が出され、」

「ストップ。パルキアに関して饒舌になるのはいいけど、よく分かんないわ。私は、クローバーの花言葉を知りたいの」

パルキアの話をしだすと彼は止まらない。お互い憎愛という簡単に表現出来る愛情感情を持っている。殺したいくらい愛してる、とはよく言ったものだ。さくらが止めなければ、クローバーでどうパルキアを殺そうとしたか、からアルセウスとクローバーの成り立ちなどなどどうでもいいことまでを思い切り長ったらしく未練たらしく演説したことだろうが。ディアルガにとって時間とは無限だが、さくらにとって時間は有限で一瞬のもの。感覚の違いは大きい。

「自分で調べればいいじゃない」

パルキアの恥ずかしい過去の片鱗を暴露出来たのが嬉しいのか、上機嫌なディアルガは口も饒舌に回る。性格が悪いのは親譲り。ねちねちとさくらに執着してくるねちっこさはディアルガの持ち味。体育座りでキラキラ星を飛ばす上目遣いが、さくらの苛立ちゲージを高めていく。

「教えなさいよ」

「考える葦が何を言うんだか。知ったところで喜ぶのはギラティナくらいだと思うよさくら」

「何それ」

ふぅ、と呆れたような疲れたような溜め息を吐いて、ディアルガがまたふひひと微かに笑い声を上げる。それから、そばの草むらからシロツメクサを一輪ぎ取るとさくらがしたように、茎の部分をクルクルと指先で回し始めた。

「人間は知らなくていいことにまで深入りして、そして知らない方が良かったなんて後悔をする」

「ポケモンはしないのかしら」

「さぁ、したことがないから」

よくわからないと首を傾げる。頭はよくないからね、と自虐的発言をしたディアルガは、シロツメクサの茎を折って無造作に立ち上がる。すると何処からかムックルが飛んできて、ディアルガは嬉しそうにそれをを腕に止まらせて無茶苦茶に撫で始めた。羽根が逆立って、しかし神相手に嫌とも言えない顔をするムックルを見るのは、さくらはこれが初めての経験だった。しばらくは堪えていたものの、堪らず飛んでいってしまったムックルを二人は見送る。

「神様って卑怯。何にも教えてくれないじゃない。そんなんだから捕まって変な実験されちゃったり、変に夢見がちな理想を押し付けられちゃったりするんじゃないの」

「神様が何か叶えてくれるなんてそんな都合のいいこと、ありはしないって分かってるから人間は神様にさえ深入りするんでしょ。さくらだって、やらなくてもいい世界を救うなんてくだらないことを、深入りしたいって思ったからこそ無償で引き受けたじゃない」

「違う、あれは」

「違わないさ。人間はみぃーんな同じ。ポケモンは道具。ポケモンは命令すれば言うことを聞く可愛くないペット。ポケモンはただのステータス。自分一人じゃ何もできないって事実を分かってない。いつか復讐されるかもなんて恐怖を考えない無知だ」

瞬間見せた無表情の顔を崩して、ディアルガが薄気味悪く笑う。いつの間にか掌の中に在った薔薇の花を、言い返せずに言葉に詰まるさくらの髪に丁寧に挿しこんだ。耳元で囁く『綺麗だよ』という言葉に一瞬さくらはドキリとして、目を瞑る。カラカラと明るく乾いた言い方に反して、取り巻く空気はどんよりと重く蠢いている。落ち着くためすぅと息を吸い込んで、さくらは気持ち気丈に顔を上げた。

「酷い言いようね…じゃあ私とも話さなければいいじゃない。そんなに貶される覚えはないし、とても嫌な気持ち」

憎々しい表情でさくらはディアルガを睨む。一方のディアルガは、拗ねたさくらの様子が可笑しいのか、アルセウスと似たような嘲笑を顔に出すまいと口元を覆って肩を震わせた。袖口に土が付着していた。
薔薇の香に目が回る。

「ごめんね、ごめんねさくら。踏み潰してもいい人間達の中ではさ、今はさくらが一番好きなんだよ。だからこうやってアルセウスにお願いされても様子を見に来てるの」

「結局あいつなのね発端は」

「ふひひ、そうそう」

だから出来る限り正装ってヤツをしてきたんだ君のために、と仰々しく取ったさくらの左手の甲にディアルガは唇を寄せた。黙ってやれば、かっこいいと少しはさくらも見直しただろう…しかし笑い方がふひひ、では様にはならない。むしろかっこよさのギャップからくる不快感で、ディアルガのほっぺたを思い切り殴りつけたくなったのは内緒にしておく。

「笑うなむかつく」

「さくらはいつか殺されるね」

《後ろめたい事がなければ花言葉なんて馬鹿げたモノ、教えてあげる筈だもの》とディアルガは言いかけて、言葉を付け加えるのを止めた。阿呆といっても神に分類されるポケモンから頂いた、有り難くない発言をさくらは胸に刻む。アルセウスと交流を深めてしまったあの時から薄々、そうなってしまうような気がしていて、取り乱すことはなかった。ディアルガは相変わらず上機嫌だ。

「……そう」

「花言葉、聞きたい?」

「もういいわ、なんだか疲れた」

「賢明な判断だ」

笑みを浮かべたディアルガの背景には、綺麗な夕焼け雲が広がっていた。今夜の予定を聞かれて、さくらはあんた以外と過ごすために使うわなんて悪態を吐く。結局分からずじまいのクローバーの花言葉は、きっとこの先も知ることはないのだろう。さくらは友人が少ない。元々無口で表に立つタイプではないこともあるけれど、この癖のある捻れ切った性格が災いして、ほとんど誰も近寄ってはこない。今はポケモンだけが友達だった。それ以外は何もいらないとさえ考えていた。互いを繋ぐ確かなモノはないというのに、それでも絆という言葉を信じる人間はさぞ神にとっては愚かだろう。いつか復讐されるなら、それでもまぁ良いじゃないかと根暗に想う。知らないまま、幸せなら素敵なことだとさくらは微笑んだ。
明日はきっと寝込むだろう。


親愛なるあなたへ
「神のみぞ知る、だろうさ」



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