※バレンタイン

sweethearts




円堂と豪炎寺へ渡すチョコレートをどうしようか。

14日の直前に買いに行っては、いかにもな感じで恥ずかしいし、何より女性ばかりのチョコレート売場に近付ける気がしない。

かといって、こればかりは誰かに頼むわけにもいかなかった。

大切な気持ちを伝えるために渡すものだから、自分で作るなり選ぶなりしたい。


やはり、気持ちを込めるなら手作りだろうか。


おそらく、豪炎寺は手作りするつもりだろう。元々料理は得意だと聞いている。
きっと夕香ちゃんと作るつもりに違いない。前にそんな事を言っていた気がする。


自分にも、作れるだろうか?


教えてくれそうな人も特に思い当たらないし、鬼道家の料理を手掛けるシェフに聞くのも気が引ける。けれどせっかくの機会だ。

調理実習などで失敗した事もないし、取り敢えず挑戦してみようと思った。それに失敗したってかまわない、まだ日にちがあるのだから。



それに。



2人の笑顔の為にする失敗なら、悪くない。



手始めにチョコレートの本と必要な器具、材料を揃える為に街へ行く事に決めた。失敗する事も考慮するなら、早めに着手するに越したことはない。

手早く支度を整えて、必要な物を考えながら家を後にした。



*



円堂と鬼道にあげるチョコレートは何にしようか。

作るのは問題ないが、一言でチョコレートと言っても種類が色々ある。
円堂は量をたくさん食べたいだろうから、フォンダンショコラの様なケーキ系が良いだろう。

……いや、円堂はフォンダンショコラの中身をこぼしそうだな。

ガトーショコラの方がいいかもしれない。

円堂がチョコレートをこぼす姿が簡単に想像出来て、笑ってしまった。



鬼道は甘過ぎるのは苦手だった筈だ。甘さを控えたビターチョコレートで、1つ1つが小さい……トリュフか生チョコが良いかもしれない。

1つずつ、丁寧に大切に食べてくれるんだろうなと思うと、自然と顔が綻んだ。



2人の事を考えながらレシピを選ぶのは、何だか幸せな気持ちになる。



大体作るものを決めて本を確認すると、いくつか材料で足りないものがあった。
代用できるものでもないので、買いに行く必要がある。ちょうど今日は予定もないし、何回か作って練習もしたい。

街の大きい店に行けば1ヶ所で全て揃えられるだろうと思い、フクさんに買い物に行くと一声掛けて、家を出た。



*



鬼道と豪炎寺は、どんなチョコレートをくれるんだろう。

この時期は学校でもソワソワとした、男女共に少し浮き足立った雰囲気が満ちている。

2人と付き合ってから、初めてのバレンタイン。
お互いあえて口にはしなかったけれど、意識はしていた筈だ。少なくとも自分はしていた。


……くれる、よな?


何だか、こんなに期待して貰えなかったら虚しい。

そもそも、バレンタインて何だっけ。女子が好きな人に告白する日……だよな。


あれ、…え?


もう自分たちは既に付き合っていて、告白が必要ない事に気付く。


もしかして、貰えない?


いやいや、バレンタインは好きな人にチョコを渡す日だった筈だし!

気を取り直して、もう1度バレンタインについて考える。そう、恋人同士や家族相手でも、チョコレートは贈ったりする訳で。
きっと、好きな相手に気持ちを伝える、そういうイベントなのだ。

だったら、自分もあげなければと思う。いつもお世話になっている大好きな2人に、気持ちを込めたチョコレートを。


俺が手作りとかしたら、2人とも驚くかな?


手作りのチョコレートを渡したら、きっと最初は驚いて、でもよく頑張ったと褒めてくれるかもしれない。

正直、手先は器用とはいえないけれど。



2人の為だったら、苦手な事が楽しく感じたりしちゃうんだよな。



母親にお菓子を作りたいと言うと、目を丸くしながらも材料費を援助してくれた。興味深そうに、必要な材料をメモしてくれる。

街の大きな店に行けば材料は揃うわよと、アドバイスまで貰った。

貰ったお金とメモを財布に入れ、夕飯までには帰ると伝えて家を飛び出した。



*



「えーっと……」

「……な、なぜ…」

「………」

街で比較的大きな店の、お菓子作りコーナーに俺は……いや、俺達はいた。

円堂も鬼道も、もちろん俺も、あまりの偶然にしばし呆然としてしまった。

スポーツ用品売場ならまだしも、まさか3人揃ってこんな特殊な場所で鉢合わせるなんて、もう奇跡としか思えない。運命か。

「き、鬼道も豪炎寺も、どうしたんだよ…」

「円堂こそ、こんな所でどうしたんだ?」

我に返った円堂の問いに、鬼道が驚きを隠せないまま返している。

「お、俺は…っ」

「もしかして、チョコレート作るのか?」

どもっている円堂に聞いてみると、余計にしどろもどろになった。

「あっ、違っ……、わない……けど…」

「鬼道もか?」

鬼道に視線をやると、パッと赤くなりながら目を逸らされた。

「……試しに、作ってみようと思った…だけだっ」

2人とも当日まで秘密にしたかったのか、焦っていてなかなか可愛い。

「円堂も鬼道も、作ってくれるつもりだったんだな。……嬉しい」

素直に微笑んで伝えると、2人とも眉を下げ、照れながらも笑ってくれた。

「まぁ、豪炎寺ほど上手くは出来ないだろうが…」

「へ、下手でも笑うなよなっ」



上手いとか下手とかより、その気持ちが嬉しい。



「もし良ければ、一緒に作らないか?」

「「!」」

「3人で、バレンタインの日に一緒に作るのはどうだ?」

2人の喜ぶ顔を想像しながら作るのも良いけれど、3人でわいわい作るのもいいなと思った。

「……それも悪くないな」

「いいのかっ?豪炎寺、作り方教えてくれるか?」

「もちろん。俺でよければ」

バレンタインに好きな人と一緒に過ごせるなんて、なかなかに幸せだと思う。

「なら、キッチンは家のを使うといい。割と広めだし、器具もたくさんあると思う」

「すまない鬼道、助かる」

「あ、俺、味見係!」

「それは駄目だ。ちゃんと参加してもらうぞ、円堂」

「豪炎寺先生、だな」

くすくす笑いながら茶化す鬼道に、先生はやめてくれと言いながら。



チョコレートを渡すのと同じくらい楽しみだ、と思った。



普通とは少し違う、けれど特別なバレンタインが過ごせそうだ。




happy valentine's Day !!!


END




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