チェリーボディ







「豪炎寺、ちょっといいか?」

2時間目の終了チャイムから十数秒。
隣りクラスの鬼道が、豪炎寺を訪ねてやってきた。
これは、珍しいことだ。
基本的に、円堂や豪炎寺が鬼道を誘いにいくことはあっても、鬼道は必要がなければ他教室には来ない。
円堂が珍しいと思っているのと同じように豪炎寺も思っているらしい。
ちょっと驚いた顔をしながら、鬼道に先を促す。

「その……」
「どうした、鬼道。珍しく訪ねてきたと思ったら、随分と歯切れが悪いな」
「うんうん、鬼道ってもっとズバッと言うもんなぁ」
「……その、ちょっと言いづらくて、な……」

困ったような鬼道の表情が、ゴーグル越しでもよく分かる。
どうやら場所を変えた方がよさそうだと、豪炎寺は鬼道を別の場所に誘う。
何故か円堂までついて来てしまうが、鬼道が気にしていないので、そのまま豪炎寺は黙って歩く。
それ程休み時間があるわけではないため、安易ではあるが使われていない空き教室へと連れてきた。
それで、鬼道もほっとしたのか、少しだけ表情をゆるめてその重い口を開く。

「実は……頼みがあるんだが……」


***


「おっじゃまっしまーす!」
「お邪魔します」
「適当なところに荷物を置いてくれて構わない」

今日は休養日ということで部活がないという貴重な日曜日。
円堂と豪炎寺は、鬼道邸に招かれていた。
円堂は一度訪れたことがあるが、それでも鬼道邸の広さに好奇心を隠さずにあちこち見ていた。
初めての豪炎寺にいたっては、ぽかんとしたままどうしたらいいのか分からないと言った風に、リビングに立ち尽くしている。
鬼道は、二人が荷物を置きやすいように、自分のジャケットやカバンをリビングのソファにかける。
普段はこんなことはせず自室に置くが、鬼道なりに気を使った結果だ。
使用人たちもそれを分かっているのか、特に手出しはしない。
豪炎寺は鬼道にならってソファに荷物を下ろすと、おもむろに鞄からモノを取り出す。
それは、エプロンだった。
それを見た円堂も同じく荷物を置いて、エプロンを取り出す。
鬼道は近くにいた執事(きっと鬼道専用の執事なのだろう)に、何かを2、3伝えると、恭しくお辞儀をした執事は、リビングから退出していく。

「2人とも、キッチンはこの奥だ」

鬼道がリビングにあるドアを開けると、隣接されていたキッチンが姿を現す。

「すげぇ……何作るんだ?」
「これは、やりがいがありそうだな……本格的なオーブンもある」
「道具や材料はこちらで用意したから、好きに使ってくれて構わない」

そう言った鬼道の指す方を見れば、薄力粉に強力粉、ベーキングパウダーから装飾用のチェリーやチョコ、型抜き、ハンドミキサー、ヘラ……あらゆるお菓子を作るための材料・器具がそろっていた。
そう、これを見ても分かる通り、これから3人はお菓子作りをするのだ。

それは、先日の鬼道の“お願い”を叶えるためである。
鬼道は空き教室で意を決したように、豪炎寺に尋ねた。

「その、“普通のクッキー”とはどうやって作るんだ?」
「は?」

思わず豪炎寺がそう言ってしまったのは仕方ない。
これだけ引っ張ってきて、最初の一言がそれだ。
大体、“普通のクッキー”以外にどんなクッキーがあると言うのだ。
円堂もそう思っているのか、滅多に見せないような微妙な表情をしている。
だが、鬼道はよほど切羽詰っているのか、豪炎寺たちの様子にまったく気が付かないまま先を続ける。

「俺は、帝王学の一環で、料理というものは一通り食べたこともあるし作ったこともある。もちろん、菓子類だって同じだ。だが……“普通のクッキー”というものは、まったく分からないんだ……春奈が美味しいから好きだと言っていたのに、俺はそれを理解できない……」

何と言うか、妹が出てくるあたり鬼道らしいが、言っている意味がさっぱり分からない。
豪炎寺はこのままじゃ埒が明かないと思い、鬼道に聞くことにした。

「つまり、鬼道は音無にクッキーを作ってやりたいのか? でも、それなら家庭科で作ったことぐらいあるだろう?」
「それが……帝国ではマカロンやスコッティならあるが、“普通のクッキー”なるものは作らなかったんだ……」
「鬼道、オレ、マキロンやすこっちの方がわかんないな……」
「円堂、マカロンにスコッティだ。マカロンはフランス、スコッティはイタリアの焼菓子だ」

流石は帝国学園。家庭科すら高級感があることをやっているのかと豪炎寺が変な所で納得していると、鬼道は更に続ける。

「俺は、確かに料理は出来るが、そういった“普通”がよく分からないんだ。春奈がクッキーにいろんなトッピングが乗ったものが美味しいから好き、食べたいと言っていた。俺は、それを春奈に食べさせてやりたいんだ」
「成程な……」
「鬼道、それって買えばいいんじゃね?」
「いや、春奈曰く手作りだと美味しさ倍増らしいんだ」
「確かに、手作りは形はともかく、妙に美味しく感じるしな」
「ああ……春奈に喜んでもらいたくて……特別な日があるわけじゃないんだがな。普段、マネージャー業を頑張ってくれている春奈に、お礼も込めてプレゼントしたいんだ」

豪炎寺には鬼道の気持ちが痛いほどわかる。
同じシスコンとして、妹のために何がしてやれるか……兄ならいつも考えていることだろう。
そして、そんな鬼道の思いに心動かされた豪炎寺は、作り方を教えると言った。
それに便乗して円堂も本日のクッキー作り教室に参加したと言うわけだ。

「さて、始めるか」
「そ、そうか。どうすればいい?」
「まずは、グラムを先に量った方がいいな」
「豪炎寺! 俺は?」
「円堂は……とりあえず計量が必要なものを今から言うから持ってきてくれ」
「おう!」
「それじゃ、始めるぞ」
「ああ、頼む、豪炎寺先生」
「はは、それいいな! 豪炎寺先生、よろしくお願いしまーす!」
「やめてくれ、その先生っていうのは……」

そんなこんなで、はじまったお菓子作り。
順調に進んでいき(途中、円堂が生地をこぼしたり、ボールをひっくり返したり、卵を殻ごとボールへ投入したり……と色々あったが無かったことにする)、ついに型抜きと飾り作業にまでこぎつけた。
何故かここまで4時間もかかってしまったが、今となってはいい勉強だったと鬼道は遠い顔をしながら思う。

「じゃあ、生地を伸ばしたから、好きな形で抜いて、そこにあるチョコスプレーやなんかで飾ってもいいし、チョコペンであとでデコレーションしてもいいし、とにかく自由に形を作ろう」
「ああ、分かった」
「オレ、サッカー型のクッキー作ろう!」
「円堂はこんな時でもサッカーか……」
「はは、流石だな」

どんどん型を抜いたり、包丁で適当な形に切ったりしてクッキーを飾っていく。
そこで、ウサギ型で抜いたクッキーに飾り付けをしようとした豪炎寺は、一つのお菓子を手に取って動きを止めた。
そして、それをじーっと見てから、小さく切ってそっとウサギの顔にのせていく。
赤いチェリーがルビーのように輝いて、ウサギをより可愛らしく見せている。
豪炎寺はそれを見ながらふと鬼道を見る。

「どうした、豪炎寺」
「いや、似ていると思ってな……」
「何が何に?」
「これが、鬼道に」
「は?」

鬼道は豪炎寺が指差すウサギクッキーを見るやいなや、ものすごく怪訝な顔をする。
表情が俺をこんな可愛らしいものと一緒にするなんて、可笑しいんじゃないのかと語っている。
だが、そんなことはおかまいなしに豪炎寺はふと一つ思いついたことを実行する。
おもむろに鬼道のゴーグルに手をかけて下にずらす。

「な、何だ豪炎寺、ひゃっ!?」
「ん……甘くないな」
「な、な、な……っ!」

鬼道はとっさに右目を抑えながら、目いっぱい後ろにのけぞって豪炎寺と距離をとる。
何かを抗議したいが、どうしても続きが出てこない。
パクパク動く口がまるで餌を強請っているヒナのようだと豪炎寺は思った。
その一連の出来事を見ていなかった円堂は、真っ赤になってパクパクしている鬼道とそれを見て妙に神妙な顔をしている豪炎寺に首をかしげる。

「なぁ、鬼道どうしたんだよ?」
「あ、う……」
「いや、ちょっと確かめたんだ」
「何を?」
「これ」
「これって……砂糖漬けになってるチェリー?」
「ああ、似てるだろ? 鬼道の瞳と」
「うーん、確かに! 色とか輝き具合が似てるな!」
「だから、確かめたんだ」

鬼道の瞳も甘いのかどうか。

先ほど、鬼道にした行為、それはチェリーに似た鬼道の紅い瞳を舐めるということだった。
そんな行動に出るなんてもちろん鬼道に予想できたはずもなく、軽いパニック状態になっているのだ。
豪炎寺としてはほんの悪戯心だったが、妙に可愛い反応を見てしまってどんどん邪な気持ちになってくる。

「確かに、うまそうだよなぁ、鬼道の瞳って」
「ぅえ、円堂っ!?」
「だろう? でもしょっぱかったから、もしかしたら別の場所は甘いかもしれない」
「ふーん……いいな、オレも舐めてみたいな、鬼道の目!」

何を言ってるんだ馬鹿者、そう叫びたい鬼道だが、上手く言葉が出てこない。
鬼道はまるで肉食獣に狙われたウサギそのもののように、そのばをじりじり後ずさる。
だが、逃げる方向が良くなかった。
扉の方に向かって逃げればいいものを、なぜかIHのある壁の方に逃げてしまった。
とん、と壁に背中がぶつかる感触に、鬼道は顔を赤から青に変える。

「ご、豪炎寺、円堂! そんなことより、続きを作ろう!?」
「ああ、そうだな……でも、まずは……」
「へへ、だよな!」

豪炎寺と円堂で息のバッチリあった目配せの後、鬼道は反論するまもなく二人に押さえつけられ、豪炎寺に首、円堂に左目を思いっきり舐められる。

「ひ、ぁ……っ!」
「……」
「……」
「っ!!!!!?」

二人に舐められた瞬間、鬼道の口からは普段のハスキーボイスからは想像がつかないような、高くて甘い声が漏れる。
鬼道も自身の口から洩れた声に驚き、両手で口を塞ぐが、よほど恥ずかしかったのか瞳は涙ぐみ、顔は耳まで真っ赤に染まってしまった。
もうやめてくれ、そう思っているが上手く声に出せない鬼道を華麗に無視して、豪炎寺と円堂は視線だけで会話する。

(豪炎寺、今の聞いた?)
(ああ……)
(何か、鬼道がすっげー可愛くなってきたな、オレ)
(ああ、俺もだ)
(なぁ、せっかくだからさ……)
(そうだな……)

二人は一つ頷きあうと、急に鬼道と視線を合わせてくる。
鬼道は更に嫌な予感がして、抑えた口から小さく声が漏れる。

「なぁ、鬼道……オレ、鬼道の他の所舐めたいんだ」
「っ! うぅっ!!」
「俺も円堂と同じ意見だ……だから……」

必死に首を横に振る鬼道だが、一切それを気にしてもらえない。
もはや、泣きそうだ。
円堂はいつも以上にニカリと、豪炎寺にいたっては見たこともないようないい笑顔で鬼道に笑いかける。

「「服、脱いでくれ」」
「そんなの無理、てわああああっ!」

あまりの発言に抗議をやっと口に出したのに、豪炎寺と円堂にむりやり押さえつけられて服を脱がされてしまった。
急に素肌が晒され身震いするが、まるでこれじゃ本当に食べられる前のウサギじゃないかと頭の片隅で思うが、そんなことを言っている場合ではない。
このままでは本当に食べられてしまう!
焦れば焦る程、何も良い案が思い浮かばず、鬼道はどんどん追い込まれていく。
その焦る様子すら楽しいのか、豪炎寺は妙に楽しそうに鬼道の鎖骨から乳首にかけて指を這わせる。

「んっ」
「本当に、甘そうだな、鬼道は……」
「こっちも甘いんじゃね? はむっ!」
「あっ」
「鬼道、こっちはどうかな?」
「あぅっ」


円堂に耳を食まれ、豪炎寺に乳首を舐めらえれ、鬼道はついに腰を抜かしてしまう。
その場にずるずると座り込む鬼道を見ながら、円堂と豪炎寺は同じように舌で唇を舐める。

(まるで、猛獣だ……)

ああ、俺は今からこの二人に食べられるのか……頭で冷静に鬼道は思った。
そして、鬼道の目の前には、円堂と豪炎寺の唇が迫る。

「それじゃあ、円堂……」
「そうだな、豪炎寺!」


「「いただきます」」



宝石みたいな君はきっと甘くて、美味しいに決まっている。


その後のことはどうなったか……そんなことは口が裂けても言えない鬼道であった。
お菓子作りは、動けなくなった鬼道のかわりに豪炎寺と円堂がしっかりと仕上げた。
だが、鬼道の機嫌はとても悪かったのは言うまでもない。
鬼道の機嫌がなんとか直るのは、翌日、春奈にクッキーの感想を貰うまで続いた。




END


ぷわっちのまぐま様から、相互記念のお話をいただきました!
ブレイクがお菓子作りとか尋常じゃなく、可愛い…。
鬼道さんの目とかホント甘いと思います(笑)

まぐま様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします!



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