しあわせ




円堂と鬼道と一緒に温泉旅行へ行く事になった。

1泊2日の近場だけれど、3人だけで旅行なんて初めての事で、柄にもなく少し浮かれてしまう。

「わあ、スッゲー!」

「ああ」

円堂が目をキラキラさせて、はしゃいでいる。

それもその筈、案内された部屋は和室と洋室が組み合わさった広々とした造りで、窓の外には見事な景色が一面に広がっていた。
明るく射し込む光が、あたたかく落ち着いた室内に降注いでいる。

調度品は上品な焦げ茶色で統一され、洋室側に大きなベッドが2つあった。
あと1人分は和室部分に布団を敷く形になるのだろうと予想しながらも、多分必要はないだろうな、とも思う。

部屋には他に大きな液晶テレビや加湿器が備え付けられており、何より洗面所から続く屋外には露天風呂まで付いていた。


何というか、すごい。


置かれた湯呑み茶碗や座布団等ひとつひとつが、全て質の高い物だと俺でも分かる。

「鬼道、ここ本当に良いのか?結構高い部屋だろう」

鬼道の耳元へ唇を寄せ、そっと聞いてみる。

「いや、そんなことはない。気にするな」

この旅行は、鬼道に誘われたものだ。鬼道財閥の系列会社が経営しているから宿泊費用は一切いらないと言われていたが、ここまで豪華だと何だか申し訳ない。

「しかし、こんなに立派な部屋にタダでなんて……」

「俺は円堂とお前にそんな事は気にせず楽しんで欲しいんだが……。かえって気を遣わせてしまったか?」

しゅんと眉を下げ呟く鬼道には、もう何も言えなかった。

「いや、そんな事はない。せっかく誘ってくれたんだ、思う存分楽しませて貰おう」

皺の寄った眉間を軽く指でつついて、だから笑ってくれと言えば、安心した様に表情がほどける。
いつもより素直に感情を表す鬼道に、リラックスしているのだなと思った。人の目など気にする事のない、3人だけの空間に気が緩んでいるのだろう。

いつも人の世話ばかり焼いている鬼道には、今日はゆっくりして欲しい。

「2人共、まずどうする?風呂入るかー?」

窓から景色を楽しんでいた円堂から聞かれて、鬼道と顔を見合わせる。
今はちょうど3時を過ぎた頃だ。夕食前に1度お湯に浸かるのも悪くない。

「部屋に付いている露天風呂は何時でも入れるから、先に大浴場にでも行ってみるか?」

鬼道の提案に円堂は直ぐ様大きく頷き、元気に返事を返した。

「行きたいっ!大浴場、行ってみたい!」

「そうだな」

輝くような円堂の笑顔を見ているだけで、満たされた気持ちになる。同様の事を思っているであろう、それを眩しそうに見つめる鬼道がいとおしい。



ああ、俺は円堂と鬼道さえいれば簡単に幸せになれるんだな。



改めて感慨深く2人を眺めていると、気付いた鬼道が、どうかしたのか?と聞いてきた。

「幸せだ、と思っていた」

気持ちを偽らずに答えると鬼道は一瞬驚いた表情をして、けれどすぐに微笑んで。

「まだ、着いたばかりだぞ」

と、少しだけはにかみなら返してくれた。

「俺も2人と一緒に居れて幸せだぜっ!」

途端にぐんと引き寄せられ、鬼道と共に力強い腕に後ろから抱き締められる。
ちゅっ、ちゅっ、とこめかみに円堂の唇が触れて、その部分が少し熱い。

「え、円堂っ?」

突然の事に、じたばたしながら鬼道は焦った声をあげている。
いつまでたってもスキンシップに慣れない、そんな所も初々しくて可愛い。

「"両手に花"だな!」

「は、花…!?」

円堂の発言に、鬼道が驚いて口をぱくぱくしている。

「……かもな」

まあ自分はともかく、鬼道は花と呼ぶにふさわしく綺麗だと思う。

「そう言えば、この旅行って"こんぜんりょこう"ってやつだろ?」

「「!?」」

さすがにこの発言には俺も驚いた。婚前旅行だなんて、円堂は意味を知って言っているのだろうか。

「連れてきてくれてありがとな、鬼道!」

「ち、ちが…」

まだ温泉にも入っていないのに鬼道が耳まで真っ赤して否定している。自分がセッティングした旅行なだけに、恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑なのだろう。

「だって、いつかは3人で結婚して一緒に暮らすだろ?で、今はそれより前だから、婚前旅行」

円堂は円堂なりに考えて発言していたんだな、と一瞬感心して。


──いや、それよりも。


結婚、だなんて。


円堂は本当に迷いがない。真っ直ぐで、俺や鬼道が気にする壁なんて軽々と越えて笑う。
男同士だとか、家族の世間体だとか、考えるだけで不安になる自分とは大違いだ。

しかも円堂が言うと本当に叶う気がする。不可能も可能にしてくれる、そう思わせる力が円堂の言葉にはある。

「円堂、こうしているのも悪くないが、大浴場は行かなくていいのか?」

言葉を発しなくなった鬼道の代わりに円堂に聞けば、

「んー…、行く!」

と、少し迷いながらも良い返事で返された。

「なら、用意しよう」

「おぅ!」

最後にもう1つずつ額にキスをくれると、円堂はパッと手を離し自分の鞄へ着替えを取りに行った。その背中を見つめながら思う。

円堂を、鬼道を好きになって本当に良かった。
悩んだ事もたくさんあるけれど、後悔はない。

改めて2人への気持ちを確認して自然と笑みがこぼれた、その時。

「……豪炎寺…っ」

震える声と共に服の裾をつんと引かれたので、鬼道の方に向き直る。

まだ顔が赤い…というか、鬼道ちょっと泣きそうじゃないか?

「大丈夫か?」

涙目で、けれど幸福感を滲ませながら鬼道はゆっくり呟いた。



「………しあわせ、だ」



だろう、だから言ったんだ。

溢れそうな涙を指で拭ってやると、恥ずかしそうに瞳をふせる。鬼道の頭をよしよしと撫で、小さく笑いながら答えてやった。

「まだ、着いたばかりだぞ」



愛しい人と3人きり。



楽しい旅行はまだ、始まったばかりだ。




END




笹本様のみお持ち帰りフリーです。

遅くなりましたが、相互本当にありがとうございました!

が、あの……「温泉旅行へ行くブレイク」とリクエスト頂いたのに、温泉に入っていなくて、本当にすみません。すみません!

書き直し受付ますので、遠慮なくおっしゃって下さいませ。

こんな私の運営するサイトですが、これからもどうぞよろしくお願いします。



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