* 俺の部屋に入った豪炎寺は、いつもなら隣に座るのに今日はテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろした。 何で。 悲しい。こんな些細な事ですら、落ち込んでしまう。 「で、どの教科からやる?」 何事もなかった様に普段通り振る舞う豪炎寺に苛ついて。 「豪炎寺、ハッキリ言えよ」 不思議そうにこっちを見た豪炎寺に、もう堪えられなかった。謝るつもりで呼んだのに、悲しくて苦しくて、責める口調になってしまう。 「俺を許せないなら、そう言えばいいだろ!何であんな顔……」 豪炎寺が怒っているのは当然だし、もちろん自分が悪いのも分かってる。でも、ここまであからさまな態度は酷いと思った。 「豪炎寺はもう俺が嫌いなのか?」 そうだ、きっと俺とはもう終わりにしたいんじゃないか。 「何言って…」 「豪炎寺、俺が悪かったから、もう許してくれよ……っ」 謝ろうにも、絞りだす様な声しか出せなかった。 「さっきから、意味がよく分からない。俺は円堂が好きだし、だから付き合ってる」 「嘘つくなよ!」 つい声を荒げてしまう。胸が苦しい。豪炎寺がこんなに好きなのに。 「ずっと、避けてた癖に!俺に触られたくないんだろ?ちょっと触っただけで、すっげー過剰に反応してた」 指摘すれば思い当たるのだろう、豪炎寺の顔色がサッと変わった。 「そんなふうにされたら、いくら鈍感な俺でも分かるっ」 「違う、嫌ってなんかない。だから円堂が謝る必要なんか…」 じゃあ、どうすればいい? 謝罪も認めてもらえないなんて、俺にはその方法しか思いつかないのに。 その時、ふと思った。 「そっか……。豪炎寺は俺と仲直りしたくないんだ」 「え……?」 そうとしか思えない。 「もう別れたいんだろ。だからそうやって誤魔化して、謝っても聞いてくれない」 「わ、別れたいなんて…」 きっと、もう愛想を尽かされたんだ。豪炎寺は優しいから、だから普段は普通に接してくれてて。 「……分かった、もういい」 諦めた様にため息をつくと、豪炎寺が酷く苦しそうな顔をする。 「ちが…う、嫌いとか別れたいとか、全然違う…」 「何が違うんだよ」 「円堂が……っ」 普段無口な豪炎寺が珍しくムキになっている。震える声に、言い訳なんかもう良いのにと思う。 「えんどう、が…っ」 「俺が、何だよ」 「き、気持ち悪いって言った…から……っ」 え? 言葉と共に、豪炎寺の瞳から堰を切った様にぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。 「俺なんて、気持ち悪いって……言うから………!」 絞り出された悲痛な響きが胸に刺さる。 違う、そんなつもりはなかったのに。 「触れ…たくて……、でもあんなこと言われたら、もう怖くて触れない…っ」 「豪炎寺…」 俯いて途切れ途切れに話す豪炎寺は本当に痛々しい程だった。 あの時、咄嗟に出てしまった言葉がこんなに豪炎寺を苦しめてたんだ。 「好き、なひとに……気持ち悪いなんて、思われたくない…っ」 今思えば、確かに肌が接触した時の豪炎寺は、嫌というより怯えたような表情をしていた。 泣きながら、豪炎寺は弱々しく続ける。 「円堂に触るのが…こわい……っ」 だから、あんなに過剰に反応していたのか。 「でも好きだから…っ、触れなくてもいい、から!」 恋人同士で触れたいって思うのは当り前の事なのに、豪炎寺はこんなに泣いている。 「もう、キスしたいとか我儘言わない…から…」 触らない。キスしない。 「別れ…ないでくれ…っ」 縋るような瞳で、こんな悲しい事まで言わせちゃって……最低だ。 「豪炎寺ごめん、傷付けてごめんな」 立ち上がり豪炎寺の傍に移動すると、それだけでビクリと肩が揺れる。 別れないと告げ、何度も謝る俺に、豪炎寺は微かに首を振った。 「謝らなくていい。気持ち悪いと思うのは仕方ない…から」 「違うんだ、あの時はすごい混乱しちゃって」 「いいんだ……無理するな」 瞳を伏せ、涙を落としながら気丈に振る舞う豪炎寺は切なくて。 「無理してない、俺も豪炎寺に触りたいよ」 「うそ…、だ」 頑なに言葉を信じて貰えなくなったのも、全部俺のせいだ。 「ごめん」 「!?…や…めっ…」 抱き締めようとすると、手を突っ張って離れようとする。拒否する身体を無理矢理抱き寄せて、耳元で宥める様に繰り返して。 「豪炎寺、ごめんな」 「は…放してくれ」 放さない。いや、もっと── 「ちゃんと触りたい」 「……っ…や」 「キスも、したい」 "キス"という単語で身体が跳ねて、まだ気にしてるんだと分かる。 「だめ……だ、きっと円堂に嫌な思いをさせる…からっ」 いやいやと首を振る豪炎寺には構わずに、額に軽くキスを落とす。目蓋、鼻先、と慣らす様に繰り返し嫌じゃないと伝えて、濡れた瞳を切なく細めた豪炎寺の唇に自分のをそっと触れ合わせる。 「……っ…ぅ」 ぶるぶる震えている様子がまるで小動物みたいだ。頼りなくて、守りたい。 「豪炎寺、口開けて」 「や……、気持ち悪いって、言う…っ」 「言わないよ」 上気した頬に手を添えて軽く上向かせると、緩く口が開いた。 豪炎寺がしてくれた様に舌を忍びこませて、感じるままに絡めて。 好きだと気持ちを込めて続けると、逃げていた舌が次第に躊躇いながらも反応を返し始めてくれた。 「……っ豪炎寺」 「は、ぁ……円…堂っ」 長いキスから唇を離すと、やや惚けた豪炎寺が不安げにこちらを見ている。 今度こそちゃんと伝えなきゃ。 「嫌じゃない」 「本当…に?」 「ああ、気持ち良くて…何か頭ん中がふわふわする」 上手い言葉は相変わらず出て来ないけど、豪炎寺には何となく伝わったようだ。 「この間の事、本当にごめんな。その、許してくれるか?」 「……元々、怒ってない」 頷き、ぎこちなく微笑む豪炎寺を見てホッと安堵の息が洩れた。 今度こそちゃんと仲直りできた。 嬉しくてぎゅっと抱き締めてやると、豪炎寺は少し恥ずかしそうに、けれど黙ってされるがままになっている。 可愛い。 「豪炎寺、俺さ……」 何だ?と視線を合わせてくる表情も、泣いた後のせいかやや幼い。 「もっとしたい、かも」 もっと、何回もキスしたい。 豪炎寺は一瞬止まった後、ぼっと顔を赤く染めて俯いた。 「………かっ、構わ…ない…」 小さく答えながら視線を逸らした様子に、本当に可愛いなあ…とか思っていると、不意に腕の中の豪炎寺が自分のシャツのボタンを外し始めて驚いた。 「あっ、いや……、え、え?」 「自分で、脱ぐ」 ──マズい。 "もっと"を違う意味にとられたっぽい。 震える指先でボタンを外してゆく豪炎寺は、何だか変に初々しくてドキリとする。 「ご、豪炎寺っ、ちょっと待った!」 豪炎寺の手を握り動きを制止させると、不思議そうに見返された。 「もっと……したいんだろ?」 やっぱり、勘違いされてる。 「あっ、でも俺まだよく分かんないから、上手く出来ないかもだし!また今度でもっ…」 焦ってこの前みたいに豪炎寺を傷付けないよう、言葉を選んで何とか思い留まらせようとしたけれど。 「大丈夫、やり方ネットで調べた…」 「!」 あの豪炎寺がわざわざネットで調べた、なんて。 「分からないとこは俺が教える…から」 恥じらいながらも熱っぽい瞳に見つめられて、もう抵抗できなくて。 腹を括るしかない。 それにしてもキスの時といい、豪炎寺にはリードされっぱなしで少し情けないなと思う。 次会う時までには俺も絶対色々調べて来よう、と真剣に思った。 END くじら様へ50000hitのお祝いを拙いながらも書かせて頂きました!くじら様のみ、お持ち帰りフリーです。 「ヘタレ円堂さん×積極的豪炎寺」とのリクエスト、ちゃんと応えられてますでしょうか? しかも短く纏められず長くなってしまい、も、申し訳ありませ…ん!積極的な豪炎寺書くの楽しかったです! くじら様、これからもどうぞよろしくお願いします! ← |