恋愛速度 な、何で、どうしてこんなことになってるんだ? 自分の部屋のベッドに押し付けられながら、乗り上げている豪炎寺を見つめる。 さっきまで、2人でのんびり過ごしていた筈なのだ。豪炎寺はサッカー雑誌を、俺はマンガを読みながらお互いたまに声をかけたりして。 ベッドに寝そべっていた俺は、縁に寄りかかっていた豪炎寺の首や髪にちょっかいをかけ、集中できないと睨まれたりしていた。 なのに、今は豪炎寺に上から押さえつけられ身動きがとれない状態だ。 「ご、豪炎寺、怒ったのか?」 「怒ってはいない。ただ…もう限界だ」 限界? 「円堂、俺達は付き合い始めてから3ヶ月経っている」 「え?あ、ああ……そのくらいかも」 脈絡のない話に、少しぽかんとしてしまう。 「円堂は何も思わないのか」 「えっと……」 「色々したい……とか」 少し言いにくそうな豪炎寺の様子に、余計混乱する。 「色々って?」 「こういう事、を」 途端に何も見えなくなり、唇にやわらかな感触がして。一瞬だけ押しつけられたそれは、すぐに離れた。 視界を覆っていた手はすぐに外され、見上げれば頬を染めた豪炎寺と視線がかち合う。 「ご、ご…豪炎寺、今のは…」 「キス、だ」 「キス!?」 キスってあの、恋人同士が口をくっつける…あれ!? 豪炎寺が、いつもより小さな声で聞いてくる。 「嫌だったか?」 「嫌とかじゃないけど、その……よく分かんなかった」 「なら、分かるまでする」 言われた意味もよく理解出来ないうちに、ちゅうっと唇に吸い付かれる。 「ん…、…っ…!」 突然の事にぎゅっと口を閉じていると、豪炎寺が角度を変えながら何度も唇を当ててくる。 な、なんだこれ。 初めてのキスに対応出来ず呆然としていると、緩んだ唇の隙間から舌が侵入してきて更に驚いた。 「……ん!?…む…」 熱いぬるりとした感触にゾクリとする。 き、キスってこんななのか!? 口内を舐められて、唇をたまに軽く噛まれる。口が離れるたびに水音が響いて、それが更に興奮を煽った。 「んっ……、…えん、ど…」 夢中でキスを繰り返す豪炎寺の鼻に抜ける様な声に、ドクンと心臓がなって。 やばい、何かこれ……マジでやばい。 「ご、豪炎寺っ…もうやめろ」 「……っ、は……円堂…?」 唇を離した豪炎寺が、上からとろりと潤んだ瞳を向けてくる。唇がやけに赤く濡れていて何だか見ていられない。 「こんな……や、やらしい事はダメだっ」 「何故だ?」 問いながら、口の端を拭う豪炎寺の仕草がやけに艶っぽい。 「な、何故って……」 だって豪炎寺の舌が入ってきて頭がぼうっとして、何だか胸が苦しい。ドキドキが治まらなくて、身体中に響く。 どう表現したらいいのか分からなくて、動揺や何やらがピークに達して。つい口を突いて出てしまった。 「舌とか、な、なんか気持ち悪い…っ」 「!」 切れ長の瞳が大きく開いて、豪炎寺の動きがピタリと止まる。 「だって、…いや、何て言うか…その……」 気持ち悪い、じゃなくてビックリしたというか、変な気分になるというか……。 上手く説明出来なくてモタモタしていると、不意に頬にぽたりと生温い感触がした。不思議に思い見上げると、それは豪炎寺の瞳から落ちてきていて。 「ご、豪炎寺っ?」 「……っ、…」 泣いて、る? 次々に落ちる涙もそのままに、豪炎寺はゆっくりと俺の上から退けた。 「だ、大丈夫か…?」 心配で声をかけてもこっちを向かず、豪炎寺はただ黙ったまま涙を溢し俯いている。 「ごう…」 「帰…る……」 呼び掛けを遮るようにポツリと呟くと、豪炎寺は自分の鞄を掴みよろよろと立ち上がった。 「え、ちょっと待てよ。帰るって…、え?」 「悪かった、邪魔した」 「えっ?」 それまでの緩慢な動きとは打って変わり、豪炎寺は逃げる様な早さで部屋から出て行ってしまった。咄嗟に引き止める暇もなかった。 キスの衝撃と豪炎寺を泣かせたという事実に、暫くは動けず放心状態のまま固まっていた。 豪炎寺は普段、感情をあまり表に出さないのに、さっきは涙すら拭わなかった。 きっと、傷つけた。 豪炎寺が好きで、一緒にいると嬉しくて楽しくて。けれどどうしてか、たまに無性に身体に触りたくなる時があった。 沸き上がるその感情は、何だかいけない物の様な気がして、出来るだけ我慢するように意識していて。 なのにキスされた時、その感情が大きく膨らんでしまって焦った。 あのまま続けていたら、自分が抑えられなくなりそうで、きっと豪炎寺を滅茶苦茶にしてしまうと思った。 豪炎寺には、いつだって優しくしたいのに。 とにかく謝らなければ、とすぐに豪炎寺の家まで行ったけれど、まだ帰っていないと済まなそうにフクさんに言われて。 携帯から電話してもメールをしても、その日はずっと豪炎寺からは何の連絡も来なかった。 * 翌日、「酷い事言ってごめん!」と身体を90度に折り曲げて豪炎寺に謝ると、別に気にしていないと微笑みながら返された。 むしろ悪かったなと逆に謝られ、気にしないで欲しいと言われて。 てっきり別れを切り出されるかもと覚悟していたから、仲直り出来た事が嬉しくて、豪炎寺の無理した笑顔に気付けなかった。 違和感を感じたのは暫く経ってからだ。 一緒に帰ろうと後ろから抱き付くと、ビクンと肩が揺れた。 驚かせちゃったかなと思って豪炎寺を見れば、酷く複雑な表情をしていて。 あれ? 「ご、ごめん。ビックリしたよな」 「ああ、いや大丈夫だ」 全然、大丈夫な顔じゃない。 「豪炎寺?」 「いや、本当に……少し驚いただけだ」 豪炎寺は大丈夫だと言ったけれど、違和感は日が経つにつれ大きくなっていった。 消しゴムを貸そうとしたら取り落としたり、タオルを渡そうとしても置いておいてくれと言われる。 隣同士で立っていても、肩や腕が触れない様に反対側の手で押さえたりしていた。 俺に触ろうとしないし、触られるのも避けている。 普段は何でもないのに、近くに寄ると緊張しているのが分かった。 嫌われちゃったんだろうか?触りたくない、なんてよっぽどだ。 何かの拍子に肌が触れた時の堪えるような表情が、更に心を重くした。 あんな顔、どうして。 好きな人には笑っていて欲しいし、もちろん傍にいたい。けれど、俺が傍にいたら豪炎寺は常に張り詰めた顔をしている。 謝った時、豪炎寺は本当は俺を許してなんていなかったんだと思った。 考えてみれば当然だ。あんな泣く程傷付けたのに、気にしてない筈がない。 もう1回きちんと謝ろう。そして、今度こそちゃんと仲直りをするんだと決心する。 豪炎寺に家で宿題を教えて欲しいと頼むと、構わないと嫌な顔もせずに頷いてくれた。 触らなかったら、近寄らなければ普通なのになと、ちょっとだけ寂しく思った。 ←→ |