clumsy kiss




円堂の事が好きだと自覚したのは、いつからだっただろうか。

初めての恋は自分では手に余る程で、円堂の態度にいちいち一喜一憂してしまう毎日は、とても苦しかった。

けれど、どれだけ苦しくても辛くても、やはり傍に居たくて。

気持ちを伝えるつもりは毛頭なかったが、それでもいつも手の届く、見つめる事の出来る位置に居たいと、そんな不毛な事を思っていた。



*



ある日、円堂に勉強を教えていた時。

「鬼道は好きな奴いるのか?」

突然の問いに驚いた。円堂の口から恋愛の話が出るなんて珍しい。無邪気で残酷な質問に、つい苦笑が洩れる。

お前の事が好きだ、なんて言える筈がない。

「円堂こそいるのか?」

不自然にならない様はぐらかして、逆に円堂に聞いてみた。

「うーん、皆大好きだからなあ」

「欲張りだな」

皆一律に好きなのだろうが、少しは俺だけを意識して欲しい。ふと、軽い悪戯心がわいた。

「なあ円堂、もし俺が突然居なくなったらお前はどうする?」

「え?」

「少しは悲しいか?」

軽い質問のつもりだった。ちょっと困らせてやろうと思っただけで。

「突然どうしたんだよ、鬼道。何かあったのか?」

酷く真剣に問い返してくる円堂を意外に思いながら、重くなりすぎない様に答える。

「いや、例えばの話だ」

暫らくの沈黙の後、円堂はポツリと呟いた。

「……嫌だ」

「え……」

「鬼道が居なくなるなんて、絶対嫌だ!」

力任せに肩を掴み、真っ直ぐに見つめてくる視線は少し恐いくらいだ。そのまま何故か、ぎゅうっと抱き締められた。

「…円堂?」

悪戯が過ぎただろうかと、少し申し訳なく思う。

「いや…だ…っ」

円堂の泣きそうな声に、これは本格的にマズい、謝らなければと思った、その時。

「……俺が、鬼道に答えてないからか?」

「答え?」

「鬼道が俺を好きなの分かってて、それに気付かないフリしてたからっ……だから怒ってそんな事言うのかっ!?」




衝撃だった。




「…そ、んな…何言って…」

あまりのショックに、言葉が出て来ない。否定したいのに、みっともない程声が震えてしまう。

俺の気持ちはバレていて、その上で円堂は友人のフリをしていたというのか。

「あんな視線向けられて、気付かない訳ないだろ!っでも俺は男とか無理…だし…」


混乱で頭がぐらぐらする。


現状を把握出来ずただ黙っていると、思い切り手を引かれた。

「っ!?」

突然唇に触れた柔らかさにハッと我に返る。


キス、されている。


どうして。なぜ。


男は無理だと今言ったばかりなのに。同情?まさか、情けをかけられている?

「…っ、放…せっ!」

ドンと円堂の胸を叩き、何とか腕の中から逃れる。見れば、円堂は酷く情けない顔をしていた。

「何をするっ!?」

「だって、鬼道が俺の前から消えるとか言うから!」

それとキスがどう関連しているのか、全く理解出来ない。

唇に甘く残る感触が悔しくて、キスの余韻を何とか消そうと手の甲でごしごし擦った。

こんなの信じられない。信じたくない。
同情でされたキスを歓んでいる自分がいる。情けなくて惨めで、涙が出そうだ。こんな自分は嫌だ。

しかも、円堂はつい先程俺に好きな人がいるのかと聞いた。俺の気持ちを知っているのに。
どんな反応をするか、興味本位で試したのか。

「最低だ…」

「鬼道?」

円堂が伸ばしてきた手を、思い切り払う。かなり大きな音が部屋に響き、びっくりした円堂が目を見開いている。

「俺の気持ちを知っていて、心の中では笑っていたのか?」

「なっ、そんな筈ないだろっ!」

そうとしか思えない。でなければあんな質問。

「なら、何故好きな人がいるのかなんて聞いた!分かっていたんだろう?」

「それは…っ」

「俺が困る様子は面白かったか?これで満足か!嫌いだとハッキリ言われた方がまだマシだ!」

苦しい。

円堂に拒絶されるシーンは、頭の中で何百と繰り返してきた。けれど、人の真剣な気持ちを面白がったり、馬鹿にしたりはしないだろうと信じていたのに。

「帰るっ」

鞄を掴み、ノートや教科書、筆記用具などを無造作に放り込む。円堂が慌てて俺の肩に手を掛けた。

「触るな!」

また、払われたいのか。

「待てよっ、鬼道がまだ俺を好きか確かめたかったんだ!」

確かめてどうする。蔑んで笑うのか?

「…ふざけるなっ」

「好きかもしれないからっ!」



好き?



「鬼道の事、好きかもしれないからっ…だから待ってくれよ!」

意味がよくわからない。

固まった俺を見て、円堂が微妙な表情をしながら答える。

「その、鬼道が俺を好きみたいだって気付いてから、ずっと考えてて…」

「……俺は男だ。男は無理なんだろう?」

「だから……っ訳わかんない、けど」

困惑しきりの円堂は、もうしどろもどろになっている。

「さっき、鬼道が俺の前からいなくなると思ったらすごく怖くて、咄嗟にキス…しちゃってて……」

衝動的に身体が動いたのか、円堂自身もよく分かっていない様だ。

「それに、もっとしたいって思った…から」

円堂の予想外の感想に、一瞬ポカンとしてしまう。もっとしたい?

「キスしたいって思うのは、好きって事だよな?」

「し、知るか…っ」

「だから鬼道、もう一度させて。お願い!」

両手を合わせる円堂を、茫然と見つめる。

「い、嫌…だ」

「……鬼道、頼む」

頬に手を当てられ、強引に円堂の方を向かせられる。
嘘だ、また円堂からキスされる?俺を好きかもしれないとか、そんな筈ないのに。

「…やめ」

「ちゃんと好きなのかどうか、確認させて」

確認なんて酷すぎる。
けれど、嫌なのに何一つ抵抗できなかった。迫る円堂を拒めない。



───ずっと、本当に好きだったのだ。



そんな相手に求められて、その手を振りほどく事なんて出来る筈がなかった。

「……っ…、…ん…」

ただ、押し当てられるだけのキスが何度も繰り返される。

「鬼道…っ、きど…」

名前を呼ばれる度に、怖くて嬉しくて苦しくて、おそるおそる円堂に触れる。

大丈夫だろうか、気持ち悪く思われないだろうか?

そっと円堂の首に腕を回すと、更に求める様に円堂が力強く背中を抱いてきた。

唇を離し伺うように見れば、頬を染めた余裕のない円堂と視線が絡む。

「……もう少し、して良い?」

「…あ、あ」

嫌がられてはいない。ならば。
首に回した手に力を込め、もっと深く唇が交わる様に顔を傾けた。

おそらく、円堂はキスは初めてなのだろう。口を引き結び、唇をただただ押しあててくる。

「円堂、口を開けろ…」

「え?何で…」

問いには答えず、開いた隙間から舌を挿し込む。驚いた円堂の肩がビクンと揺れたが、構わずに続けた。

角度を変え、円堂の舌に自分の舌を絡める。出来るだけ甘く、気持ち良く感じる様に。

もしこれで駄目でも、円堂にとって初めてのこのキスを忘れないで欲しかった。

「……は…ぁ、っ…」

「鬼道っ、すご……やらし…」

長いキスから解放された円堂が、熱っぽい瞳でこちらを見ている。
気持ちの確認は出来たのだろうか。

「…っ、鬼道…ヤバい」

「何だ…」

「勃っ…ちゃった…」

「!?」

「なあ、もっと…色々してもいい?」

もっと、とはこれ以上先という意味だろうか。そんなの。

「だ、だめだっ、あ、ダメ……本当に…や…っ」

「鬼道…?」

真剣に見つめられて、身体が期待にぶるっと震える。黒くて深い瞳に吸い込まれそうだ。


戻れなく、なる。


これ以上して、その上やっぱり無理だなんて言われたら。

「鬼道?」

「お、俺を好きじゃないなら…、これ以上はしないでくれ…」

震える自分を守る様にぎゅっと抱き締めて、円堂の言葉を待つ。


こわい。


心臓が激しく鳴り、胸が痛む。
……この長い沈黙、やはり駄目なのだと、じわりと涙が滲んできた頃。
力強く抱き込まれ、ぎゅっ、ぎゅっ、と何回か繰り返し抱き締められた。

「え、えん…どう?」

「うん、好きだ。鬼道に触ると嬉しい!」

「…っ」

「男とか女とか関係ない、鬼道が好きだ」

夢じゃないだろうか。円堂に好きと言われた。
本当かと念を押して問うと、屈託のない笑顔で好きだぜと返される。


好き。


円堂の"好き"を噛み締めてボーッとしていると、突然シャツを捲られてギョッとする。

「続き、いいか?」

「……っ!?ぁ…っな、何…を…」

「していい、って言っただろ?」

「ち、違っ…」

好きじゃないならしないで、と言ったのだ。

「……っちょ、円堂…っ…!」

「俺、初めてだからさ。さっきみたいに、鬼道がリードしてくれよ」

「な!?…っ…、でき…なっ」

所構わずスルスルと触れてくる手に、身体が揺れる。

円堂にあんなキスを教えたのは失敗だった、まだ早すぎた……と後悔しながら。

けれど胸を満たすあたたかな充足感に、ゆっくりと瞳を閉じた。



END


柊様へ相互記念の円鬼(切甘)を書かせて頂きました。柊様のみ、お持ち帰りフリーです。

せ、切なさも甘さも足りない…!ごめんなさい、柊様ごめんなさい!

しかも長いです。
書き直し受け付けますので、遠慮なく仰って下さいませ。

相互、本当にありがとうございましたー!これからもどうぞよろしくお願いしますね!



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