jealousy




「鬼道、ちょっと来て」

円堂がいつになく冷たい声で俺を呼ぶ。

「どこへ行くんだ?」

「黙ってついてこい」

隣にいる豪炎寺も、明らかに不愉快そうな顔をしている。豪炎寺がこんなに感情を隠さないなんて珍しい。

仕方なく2人に黙ってついて行くと、人気のない校舎裏でピタリと歩みが止まった。

見れば、円堂は腰に手を当てて、豪炎寺は腕を組んでこちらを睨んでいる。

「では、説明して貰おうか」

「なんで女子からクッキー受け取ったんだよ!しかもコッソリ食べてたし」

「………っ!」

まさか、見られていたなんて。

「何だ、隠し通せると思っていたのか?」

「そーゆうの、受け取らないって3人で付き合う時に決めたよな?」

そう、付き合う時に確かに決めたのだ。3人で付き合っている事は公に出来ないけれど、恋人がいるのだから、そういったプレゼント等は極力受け取らないようにしよう、と。

しかし、今日のは少し事情が違う。

休み時間に何だかはしゃいだ女子2人に手渡されたのは、円堂と豪炎寺に宛てたクッキーだった。俺宛ての物じゃない。

円堂と豪炎寺に渡してくれという物を、俺がいらないと断る事は出来なくて、つい受け取ってしまった。
けれど、女子の手作りクッキーなんて明らかに好意が含まれている物を、どうしても2人に渡したくなくて。だからといって、食べ物を粗末に扱う事も出来なくて。

授業中ずっと悩んだ挙句、良くない事だ、間違っていると分かっていながらも、自分で食べてしまったのだ。

女子の気持ちを踏み躙り、2人に何の断りもなくクッキーを処分してしまった事が、重い罪悪感となって胸を締め付けて。
あれからずっと自己嫌悪に苛まれて苦しかった。

「……別にクッキーくらい、構わないだろう…」

誤魔化すために出た反論は、弱く小声になってしまう。

本当は心から謝りたかった。でも、自分のした事が人として最低だと分かっているだけに、怖かった。



こんな醜い部分があると知られたら、嫌われてしまうんじゃないか。



「信じられない」「普通そこまでするか」と罵られて、別れを告げられたらと思うと声が出なかった。

「何だ、鬼道らしくないな」

「大体、鬼道だって俺達が女子からクッキー受け取ったら嫌だろ?」

「…っ!」

嫌に決まっている。だから、あんな事を。いつもの自分なら絶対にしない様な、卑劣な行為までして。

「……何か理由があるのか?」

聡い豪炎寺が、何かを察したのか少し口調を和らげて聞いてきたが、理由を言う事は出来ない。ただ無言で首を振ると、円堂が更に言葉を重ねて問い質してきた。

「恋人が他の奴から貰ったクッキーをコソコソ食べてるのを見て、俺達はどんな気持ちだったと思う?」

「………っ」

何も言えなかった。2人からは約束を破った様に見えた筈だし、嫌な気持ちにもさせただろう。どっちにしろ、最悪だ。

次第に2人を見ていられなくなって、俯いてしまう。下を向けば、じわりと滲んだ涙がこぼれてしまいそうだった。

「まて円堂、鬼道の様子が…」

「え…?」

怒っていても、こちらの様子を気遣いすぐに心配してくれる2人の優しさが、今は辛い。

2人にひどい事をした。
最低で、嫉妬深い、こんな俺は醜い。

「……っ…」

「まさか、鬼道泣いているのか?」

「え、ええっ!?……ちょっ、そんなつもりじゃ…!鬼道ごめんっ、言い過ぎた」

円堂は、言い過ぎてなんかいない。本当なら2人はもっと怒ってもいい。

「……っすま、ない」

もう謝るしか出来なかった。

「鬼道、ごめんなっ?」

「大丈夫か?2人がかりで責めて悪かった」

円堂が優しく抱き締めてくれる。傍で豪炎寺も慰めるように頭を撫でてくれる。

けれど、違う。俺が悪い。優しくして貰う資格なんてない。
やんわりと円堂の身体を押し、2人から離れる。

「………2人とも、すまない……俺は、最低だ…」

黙ってこのまま2人に甘えれば、それこそ卑怯な気がした。下を向き視線は地面に落としたまま、何とか勇気を振り絞る。

「……クッキーは、お前達宛てだった」

「は?」

「何?」

2人の事を見れない。怖くて話す声が震えてしまう。

「お前達宛てなのに、嫌で………、渡したく、なくて…っ……」

「それは…」

豪炎寺はもう理解したらしい。驚きが声にありありと滲んでいる。

「食べ物を…捨てたりは出来ないから、食べた…んだ」

「……」

「……」

2人が何も言ってくれない。怒っているに決まってる。きっと軽蔑されたのだ。

「……自分でも…、こんな事する、なんて……最低だって、分かって…て…」

「鬼道」

「ずっと…、謝り…たかっ…」

「鬼道!」

こちらの話を遮るように円堂に強く呼ばれ、ビクンと肩が跳ねた。

責められる、そう覚悟した時。



「なんか、嬉しいな!」



え?と円堂の思わぬ台詞に顔を上げると、想像もしなかった笑顔に驚いた。

「鬼道は、思ったより俺達の事が好きなんだな」

豪炎寺のからかうような声にも、怒りは感じられない。

「俺達宛てのクッキー、渡したくなくて食べちゃったんだろ?」

「あ、ああ…」

「で、食べた後に後悔して悩んでいた、という事か」

「………すまない」

自分の行いは客観的に聞いても、弁解の余地すらなくて謝罪しか出て来ない。

「鬼道に愛されてるな、俺達!」

「ああ、しかもかなり激しく、な」

2人が顔を見合わせて微笑む様子に、呆気に取られる。どういうことだ?

「嫉妬で鬼道が小さい事とはいえ過ちを犯すなんて、意外だ」

「俺達にそれだけ夢中って事だろ?」

どうして2人ともそんなに笑っていられるのだろう。俺は、お前達を裏切ったも同然なのに。

「捨てずに食べる所が鬼道だな」

「だな!」

「お、怒って…ないのか」

どうしても理解できない疑問を、恐る恐る2人にぶつけてみる。

「怒って……?俺は別に。豪炎寺は?」

「本来は怒るべき所だが、やはり俺も嬉しい」

「!」

さっき円堂も言っていた。

嬉しい?

「でも、やっぱ他の奴の手作りクッキーは食べないで欲しいかも」

「そうだな、今回は大目にみるが……今度やったらお仕置きだな」

嫌われていない?

「許して、くれるのか?」

「すっげー反省してるみたいだし」

「ちゃんと謝ったからな」

2人は笑いながら頷き合っている。きちんと正直に謝ったから、心から反省したから許してくれる、という事なのだろうか。

「本当にすまなかった」

深く頭を下げて再度謝ると、上から円堂にぎゅうっと抱き込まれた。

「っ!?」

「謝る鬼道、可愛いっ!嫉妬する鬼道、すっげー可愛い!」

「円堂、お前はさっきから"可愛い"しか言ってない」

呆れた様な豪炎寺の声が、頭上から降ってくる。なんだか分からないが、可愛いと連呼され恥ずかしくなってきた。

「だって、豪炎寺だってそう思うだろ?」

「まあな」

「も、もうっ……、離してくれっ」

円堂の腕が、強くて暖かくて。豪炎寺の声が、優しくてやわらかくて。

安心からまた滲んできた涙を堪えるために、ぎゅっと2人の腕を掴んだ。



*



「鬼道、クッキー美味かった?」

「…ああ、あの女子達には悪いことをした」

きっと、円堂と豪炎寺に食べて欲しかっただろうに。
何とかして謝りたいと思っていると、豪炎寺に背中を軽くポンと叩かれた。

「鬼道、あのクッキーにそこまで悩む事はない。あいつらのクラスは前の時間が調理実習だったから、要するに余り物処分だ。みんなに配ってた」

「そう、なのか?」

てっきり、告白と同等くらいの意味があると思っていた。

「さっき、本人達から聞いたから間違いない」

「え?」

本人達に聞いた?

驚きながら2人を見ると、当然といった表情で。

「だって、鬼道にクッキーなんて渡すからさ」

「断りに行った」

悪びれもせずに2人は言うが、仮に俺宛てのクッキーだったとしたら、それはおかしくないだろうか?

「な、ならあれがお前達宛てだったと既に知っていたのか!?」

「いや、女子達には鬼道にああいう物を渡すのはやめて欲しいと言っただけだ」

「向こうは、ごめんなさいって言ってたぜ!」

それは…友人を介して物を渡すな、と捉えられたのだろうな。
お互いの微妙な食い違いに気付いても、2人は気にする様子はない。

「危なくあいつらに、俺達の鬼道に手ぇ出すな!って言っちゃう所だったんだぞ。だから、もう受け取ったりするなよな」

「今度受け取ったら、全校生徒に付き合っていることを公表する」

2人なら本当にやりかねないから怖い。

「……お前達も嫉妬深さは相当だな」

「な、嬉しいだろ?」

円堂が屈託なく笑う。

「愛されてる証拠だ」

豪炎寺の言葉が、何だか擽ったい。

「……悪くは、ない」

相手を想う余り、お互いにやり過ぎてしまう事もある。
けれど、それも案外心地好く感じるものなのだな、と恋人達の笑顔を見ながら口元を緩めた。




END



夜圭様へ相互記念に書かせて頂きました!
鬼道さんが嫉妬したら可愛いなと思い書いたのですが、3人共同じくらい嫉妬深くなりました(笑)

相互、本当にありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

夜圭様のみお持ち帰りフリーです!



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