* 「教えてくれ」 ひとしきり話し終え、鬼道に問う。空白のあの時間、一体何があったのだろうか。 口元に手を当て黙って話を聞いていた鬼道が、ふとこちらに視線を向けた。 「話す前に確認しておきたいのだが、お前がずっと俺を好きだったというのは本当か」 もう今更隠しても仕方がないので、黙ってただ頷く。 「そうか……」 軽蔑されただろうか? 断罪されるのを待つ囚人のような気分で俯いていると、不意に頬を優しく撫でられて驚いた。見れば、困った様な表情の鬼道がいて。 「本当に、叩いたりしてすまなかった」 頬を優しくさすり、涙の跡を拭うように触れられる。どうしたのかと思いながらも、頬を滑る手の感触が気持ち良くて、思わず瞳を閉じてしまう。 「別にもう痛くない、平気だ」 鬼道の手をやんわりと外し話の続きを促すと、思い出しているのか鬼道はややゆっくりと話し出した。 「豪炎寺、俺はあの日お前に気持ちを伝えたんだ」 「気持ち?」 「お前の事が好きだから、俺と付き合って欲しい、と」 「……?」 付き合って欲しい? 誰が、誰とだ。 「俺も酔っていたから、気が緩んでしまったんだろうな。久しぶりにお前と食事して話して、それがすごく楽しかったから……言うつもりなど無かったのに、つい口を滑らせた」 「待て、鬼道何を……」 「まあ今思えば、食事に誘った時点で多少は下心があったのかもしれないが」 鬼道は思い出したのか、苦笑している。 鬼道が、俺を好き? 「うそ、だ」 「ああ、酔ったお前もそう言っていた。繰り返し、信じられない、有り得ない、と」 「……」 酔っていても鬼道からの告白を信じられない、そんな自分が少し哀れだ。 「本当に好きなんだ、と何回言っても信じて貰えなかった。からかうなとか、男なんて無理な癖に、と言い返されて」 「……す、すまない」 「仕舞には口喧嘩になった。お互い随分と酔っていたからな」 「け、喧嘩…」 冷静沈着な鬼道と、元々無口なタイプの自分が口喧嘩なんて。 「俺も、気持ちを完全否定されたのが悔しくてな。だから日本にいる2週間の間に絶対信じさせてやる、と言ったんだ」 その"2週間"だったのか。 「そしたらお前は"なら抱いてみろ、好きならそのくらい出来るだろう"と」 「だ……っ!?」 抱け、とか。 信じられない、そんな事を言ったなんて。 「勿論、するつもりはなかったんだが…」 「………」 「落ち着けと宥めようとした時のお前の表情が、あまりにも切なくて」 切ない? 「無理だろう、と笑っているのに酷く傷付いたような……正直泣くかと思った」 ひどい。変なところだけ大胆になった挙げ句、泣き落としだなんて最悪だ。もう暫く酒は飲まない。 「違うと言ってもお前は首を振るばかりで、もう言葉では届かないと思った。だから……」 「……そう…か」 申し訳なくて恥ずかしくて、出来る事なら今すぐ消えてしまいたい。 「キスだけで済ますつもりだったが、1度触れたら歯止めが効かなくなった。それに、最中にお前も俺を好きだと言ってくれたから、てっきり気持ちが受け入れられたのだと思って」 確かに、朦朧としたなかで満足に呂律も回らないのに、好きだと言った気がする。 「豪炎寺を手に入れた気になっていたんだ」 鬼道は情けない様な、安心した様な微妙な表情をしていた。 鬼道は俺を好きで、俺も鬼道が好き。 真実はとてもシンプルだった。 この2週間、本当に鬼道に想われていたのだと知り、じわじわ胸が熱くなる。 鬼道を見ればフッと笑い、確かめるように聞かれた。 「で、まだ俺の気持ちが信じられないか?」 鬼道が俺を想ってくれているのは、この2週間を思い返せば充分に分かる。けれど。 「そんな事はないが、その、まだ足りない……から」 鬼道のシャツの裾を軽く引く。イタリアに帰ってしまうまでに、少しでも長く触れ合いたいと目で訴えて。 「何が足りない?」 分かってるくせに、鬼道は本当に意地が悪い。 「──…っ抱いて、くれ。好きなら…そのくらい出来るだろう?」 「!」 羞恥を堪え、酔っていた時の自分の言葉を借りて鬼道に強請る。 「だ……だめ、か?」 「2週間じゃ足りなかったな」 ぎゅっと抱き締められ顔は見えないけれど、揺れる振動で鬼道が笑ったのがわかった。 「中学からの想いだ、そんな簡単には…」 「ならば、遠慮なく。嫌という程分からせてやる」 * 「んっ……、ん…」 ベッドに背を預け甘く口づけられながらも明日の事を心配に思っていると、気を余所へやるな、と注意されて。 「明日のフライト早いんだろう、大丈夫か?」 「飛行機の中で寝て行くから平気だ。それより、日本のリーグは今オフシーズンだよな?」 「は?」 突然、確認するように問われて、脈絡のなさにきょとんとしてしまった。 「違うのか?」 「いや、そうだが」 だからこそ、この2週間毎日ここに通えたのだ。 取り敢えず聞かれた事に答えると、鬼道が妙に楽しそうに笑う。 訝しんでいると、そっと耳元に唇を寄せられ、いたずらを告白する様に囁かれた。 「実は、チケットは2人分取ってある」 フライトの準備をする程度の時間は残す、と抱き締めてくる鬼道に、本当にかなわないなと抑えられない笑みがこぼれた。 END ← |