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夢じゃなかった。


上半身を起こそうとしたら、まず酷い二日酔いで吐き気がする。しかも身体中がギシギシでだるく、下半身に至っては激痛が走る。

一糸纏わぬ姿で広いシーツの上、上質な毛布に包まれていた。見知らぬ部屋の景色に、隣室から微かに聞こえるテレビの音。

とにかく喉が渇いて、横にあるテーブルの上のグラスを取ろうとすると、力が抜けてベッドから転げ落ちた。

「…っ痛……」

毛布に絡まりながら床から身体を起こすと、隣の部屋のドアがガチャリと開いた。

「豪炎寺?」

「き、鬼道……」

鬼道だ。夢じゃなく、本当に鬼道と昨夜あんな事をしてしまったのだ。

「ベッドから落ちたのか、大丈夫か?」

座り込んでいた俺を鬼道が優しく抱き上げベッドに座らせる。察したのか、水が飲みたいなら冷えたのがあると、冷蔵庫からすぐに持ってきてくれた。

曇り一つないグラスに注がれた水を一気に飲み干すと、ようやく気持ちが落ち着く。水のお礼を鬼道に言おうとすると、やけに皺枯れた声が出た。
あんなに泣いたり叫んだりしたのだから、当然だ。

「声が枯れてしまったな、泣かせ過ぎた。すまない」

指先で喉に触れながら、困ったように笑う鬼道が、ちゅっと軽く唇にキスしてきて内心驚いた。

何だ、自分はどうしてこんな事をされている?まるで恋人みたいな扱いだ。

「ああ、目も少し腫れてるな。待ってろ、冷やす物を持ってくる」

甲斐甲斐しい。鬼道があまりにも優しくするものだから、どうしてと聞きそびれてしまった。

その後も鬼道は紳士的かつスマートで、けれど時折眩しそうに目を細めて笑ったり、友情では説明のつかない深いキスをした。

鬼道の態度に困惑しながら考える。



きっと、何かがあったのだ。自分の記憶がない夕食後の数時間に、一線を越えさせる様な出来事が。



直接聞こうと思いながらも、躊躇してしまう。何も憶えていないだなんて、言える雰囲気じゃない。
言ったら責められるのは確実で、しかもこんな優しくして貰えなくなるかもしれない。

突然の事で訳が分からないとはいえ、鬼道にキスされるのも触れられるのも、嬉しい。

抱かれたのだって驚きはしたけれど、決して嫌じゃなかった。寧ろ、初めてなのにあんなに感じたりして、思い出すだけで恥ずかしい。

取り敢えず、直接は聞かずに鬼道との会話から、何とか推測する事にした。

鬼道との会話の中になにかヒントがないか、慎重に話をする。

話を聞いていると、どうやら鬼道は円堂の結婚式の後は、2週間は日本にいる予定の様だ。

それなら、あと何回かは会えるだろうかとか、また昨日みたいな事もしてくれたらなんて、浅ましい事を思ったりする。

「日中は予定も入っているが、夜は大体空いている」

「そうか、なら」

暇な時は食事でもと言おうとした時、やや熱っぽい視線を鬼道に向けられて。

「だから、もし豪炎寺に予定がないなら出来るだけ会いたい」

「…あ、ああ。多分大丈夫だと思う」

会いたいと鬼道から言われるなんて。

「そうか、良かった。2週間は短いからな」

「そう、だな」

言い方からして、もしやこの関係は2週間限定なのだろうか。

腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。

「毎日だって、抱きたい」

「だっ……!?」

抱き、たい?

余りにもあからさまに求められて、顔が熱くなる。
口づけようと頬に触れる指先が擽ったく、恥ずかしさも手伝ってつい顔を背けてしまった。

「豪炎寺?」

「か、身体が痛い、から……今日は…」

「そうだな、すまない」

額に軽く唇を当てると、鬼道はスッと立ち上がった。

「俺はこれから予定が入っているが、豪炎寺はゆっくりしていて構わない。動けるまで暫くかかりそうだしな」

「あ、ああ…」

普段では痛むような箇所じゃないだけに、意識すると顔が熱くなった。

「部屋の物は何でも使って良い。食事はルームサービスを利用してくれ、代金は不要だ。もし帰るなら、ルームキーはフロントに預けて行ってくれ」

「あ、……鬼道…っ」

「何だ?」

つい呼び止めてしまったものの、続く言葉は何も出てこなかった。

「き、気を付けてな」

「ああ、行ってくる」

一瞬驚いた後、ふんわりと微笑む笑顔にドキリとして。
鬼道はあっという間に身仕度を整えると、わざわざベッド脇にきて"いってきます"のキスまでして、出掛けて行った。





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