ケンカ




「鬼道とケンカしたい」

「なに?」

2人でのんびりと部屋で寛いでいる時、突然豪炎寺に切り出された。

「ケンカ、したい」

「それは…殴り合いの様なやつか?」

「別にどんなのでもいい」

豪炎寺と付き合い始めて暫く経つが、こんな事を言われたのは初めてだった。

「よく意味がわからないんだが…」

「恋人同士、本音でぶつかればケンカくらいするだろう」

それはそうだが、自分も豪炎寺も元々そこまで感情的になるタイプではなく、どちらかが引く事で今までは特に問題もなくやってきている。

「突然言われてもな」

そもそも原因があってケンカになるのだ。しようと言われても、どうしようもない。

「取り敢えず、鬼道とは暫く距離を置きたい」

「…え…?」


距離を置く?


突然の言葉に思考がついていかない。

「今日はもう帰る」

「ちょっと待て、豪炎寺…っ?」

引き止める為に肩を掴もうとすると、やんわりとした、けれど明らかな拒絶を示される。

「豪炎寺…?」

「邪魔したな」

こちらを軽く一瞥した後、会釈と共にバタンとドアを閉められた。



何だ、これは。



こうして、意味のわからない、原因も定かではないケンカが始まった。



*



鬼道はとても優しかった。何をするにも嫌な顔ひとつせず、全てこちらに合わせてくれる。

最初は鬼道に甘やかされるのは擽ったくて、けれど嬉しかった。ただ一緒にいるだけでも満たされた。けれど。


それ以上、鬼道から何もされない。


スキンシップは増えていたが、あくまで親愛の域を出ない物ばかりだ。腕を引かれたり、頭を撫でられたり。

鬼道から告白してきたのだから、当然恋人として求められていると思っていたし、覚悟だってしていた。

けれど、そんな気配は微塵も感じられない。2人きりで部屋にいても、手にも触れない。

どうしてだろう。
我慢しているのか?それとも、自分には魅力がない?

確かに身体はやわらかくないし、胸もないから抱き心地も良くないだろう。声だって低いし、可愛くもない。

でも、それを承知で好きになってくれた筈だ。男同士なのだから。

鬼道がどうして触れようとしないのか、本心を知りたかった。もし何か我慢していたり、気になる事があるならきちんと言って欲しい。

円堂が羨ましかった。
いつも2人は真っ正面から意見を交わしていて、それは食い違う事もしばしばだったけれど、最終的にはお互いを認め合っていて。

思った事を素直にぶつけ合った後は、2人共試合後の様に笑っていて、より絆が深まっているのが見て取れた。

あんなふうに、俺には言ってくれないのに。

鬼道は、俺と2人の時は常に気を遣っていた。傍にいても、リラックス出来ないんじゃないだろうかと不安になる。

自分でも短絡的だと思うが、ケンカをしたら鬼道の本音が少しでも垣間見れるのではないかと思った。



鬼道とは、嫌な事はきちんと言える、そんな関係になりたかった。



*



ケンカしたいというのは本当らしく、翌日から豪炎寺はやけに素っ気なくなった。

話し掛けても軽く躱され、傍に行こうとすると距離をとられる。メールも必要最小限で返されるし、電話には出て貰えない。

ケンカというより、まるで嫌われたみたいだ。

どういう事なのだろう。豪炎寺の考えている事が、さっぱりわからない。
ケンカしたい、と言っていたが、これはケンカごっこなのだろうか?

それともケンカなんていうのはただの言い訳で、豪炎寺なりの別れたいという遠まわしな意思表示か。
何か、嫌われる様な事をしてしまったのだろうか。

豪炎寺は元々口数が少なく、感情もなかなか表には出さない。気持ちを読み違えたりはしたくないので、やや慎重に接していた筈なのだが。

きっかけは俺からの告白で。玉砕覚悟で挑んだから、気持ちを受け入れて貰えた事が本当に嬉しかった。
悩み続けてようやく叶った想いだから、なかなか触れる事すら出来なくて。


近づきたいのと同じくらい、拒絶されるのが怖かった。


決して急いではいなかった。少しずつ、スキンシップに慣れてくれたらいい、そう思っていたのに。

嫌になったのだろうか?

男と付き合うなんて、生理的に受け付けない?あり得る事だ。

だとしたら、ケンカなんて言葉で誤魔化さず、正直に言って欲しかった。



*



鬼道と離れてみて、わかった事がある。

傍にいないと何だか寂しい。誰かと話してるのを見ると胸が痛くなり、部活中も目で追ってしまう。

鬼道への強い想いを再確認すると同時に、自分の抱く欲望からも目を背けられなくなった。

鬼道に触れたいし、触れて欲しい。やはりきちんと恋人として扱われたいと、強く願っている。

ケンカなんて、もうやめよう。
恥ずかしいけれど正直に話して、もっと恋人らしく──色々して欲しいと伝えようと心に決めた。




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