練習デート




映画館へ行った事がない。

そもそも、鬼道家へ養子に入ってから娯楽など楽しむ余裕がなかった。学業やサッカー、財閥を継ぐための勉強で精一杯だったのだ。

映画館が恋人同士がデートでよく行く場所だ、という事は知っていた。豪炎寺を好きになって、初めて行ってみたいと思った。
恋人にはなれないけれど、こっそり気分くらいは味わってもバチは当たらないだろうと思ったのだ。



デートの予行練習なのだから鬼道が全部計画するように、と豪炎寺から言われた。
相手の好みをよく分析して予定を組め、という事だろう。

豪炎寺に好みの映画を聞いたが、俺に任せると言う。それじゃ困るとかなり執拗に聞いたら、自分相手にそこまでする必要はないと笑われた。

しかし俺にとってこれは本番なのだ。
豪炎寺に楽しんで貰いたいし、こういうのは2人で意見を出しあって決めたりするものじゃないんだろうか?


*


「豪炎寺」

部活後の隙をみて声を掛ける。着替え終わった豪炎寺がバッグを肩に掛けながら振り向いた。

「どうした、鬼道」

「日曜日の事なんだが」

「ああ。…帰りながら話すか」


豪炎寺と連れ立って、皆に挨拶しながら部室を出る。


「何を観るか決まったか?」

「それは、まだ…」

「そんなに悩まなくていい。鬼道が観たいもので構わない」

「そうはいかない。こういうのはきちんと2人で…その、相談して決めたい」

2人共楽しめるようにしたいんだと言うと、少し考え込んでいる。おかしな事を言っただろうか?

「…豪炎寺?」

「わかった。どこか店に入って一緒に決めよう」


*


結局、携帯を使って上映タイトルを調べ評判の高いミステリーの映画を観る事にした。集合時間、場所も決め、一通りの事は決定した。

「じゃあこれでいいな」

「ああ…。その、迷惑だったか?」

ずっと先刻の事が気になっていた。面倒に思われたのかもしれないし、今日は真っ直ぐ帰りたかったのかもしれない。

「いや、構わない。本当のデートでもないのに随分真剣なんだなと思っただけだ。練習もキッチリこなす所が鬼道らしい」

クスリと笑われる。
練習、という響きが少し寂しかった。

「じゃあ日曜日に駅で決定だな」

「ああ」


*


日曜日。空は晴れて抜けるような青が気持ちいい。秋らしく空気は澄んでいる。

予定の時間より随分早く着いてしまった。期待と緊張で落ち着かず、壁に凭れて携帯を意味もなく弄る。

すぐに携帯が着信を伝えて振動した。豪炎寺からだが何かあったのだろうか。

「もしもし」

「ああ、鬼道すまない。今どこにいる?」

「もう待ち合わせ場所にいるが」

張り切り過ぎていると思われただろうか。

「やっぱりな。俺ももう着きそうだ。すぐ行くから待っててくれ」

電話を切って暫くすると豪炎寺が駆けてきた。かなり急いだのか息が切れている。

「待ち合わせ時間にはまだ早いぞ。俺は少し早く着きすぎたんだが…どうした?」

「鬼道なら早くに来るだろうと思って、俺も早目に家を出たんだが…」

予想より更に早かった、と肩で息をしながら笑う豪炎寺に、じわりと胸が暖かくなる。ああ、本当に豪炎寺が好きだ。

「約束の時間より随分と早い…お互い待ち合わせの意味がまるでないな」

「より長く楽しめて良いだろう?」

もっともだ、と2人で顔を見あわせて笑い合う。親密な空気が妙に心地よかった。

時間がまだあるので、少し街中を見て回る事になった。あれは春奈に似合いそう、これは夕香が喜ぶかも、とお互いに妹中心のウィンドウショッピングで笑ってしまう。

店頭に並んだ巨大なペンギンのぬいぐるみを撫でていると豪炎寺に呼ばれた。

「鬼道、喉渇かないか?」

「そうだな」

「あそこにコーヒーショップがある。俺の分と鬼道の分、買ってこれるか?」

「馬鹿にし過ぎだろう。さすがにコーヒーくらい買える」

子供の買い物じゃあるまいし、と少し呆れた様に返す。

「なら、俺はエクストラホイップのジャバチップフラペチーノ、グランデだ」

「エクストラ…、ジャ……グラ…、え?」

俺の顔を見て、わざとからかう様な口調で続ける豪炎寺が憎らしい。

「コーヒーも買えないなんて様にならないからな。これも練習だ」

「今のがコーヒーの名前なのか!?」

「まあそうだ」

「め、メモを…」

「鬼道、デートでメモを見る男をどう思う?」

「……もう一度頼む」


結局、暗記して店で頼んだら期間限定だから今はないと言われ、悩んだ挙げ句にメニューの一番大きな写真の物を指差して2つ頼んだ。
…満足にコーヒーも買えない自分が情けない。

コーヒーとは思えない、生クリーム山盛りのカップを何とか受け取って豪炎寺の所まで行く。
俺の手元を見てニヤニヤしている所を見ると、さては期間限定だと知ってて頼んだな。

「随分遅かったな」

「…性格が悪い」

「すまない、だが勉強になっただろ」

睨んでも笑っているだけで効果がない。ため息をついてカップを渡す。

「これは?」

「知らん。一番人気みたいだから頼んだ」

「そうか、ありがとう。…そこのベンチ座るか」

「ああ」

ベンチに座って2人コーヒーを飲む。いや食べる。甘くて冷たくて、美味しい。
ストローとスプーンで格闘しながら食べていると、豪炎寺から何か包みの様な物を渡された。

「なんだ?」

「頑張ったからな。大した物じゃないが」

「くれるのか?」

カップを横に置き包みを開けると、中には白と黒のペンギンのストラップが入っていた。
さっき撫でていたぬいぐるみと同じキャラクターだ。

「あんな大きなぬいぐるみは買えないが」

「いいのか?あ、ありがとう…」

じっと見つめていると不思議そうに尋ねられる。

「もしかして携帯にストラップは付けない派だったか?」

「いや…そんな事はない。今、付ける」

嬉しい。すごく嬉しい。
さっき、ぬいぐるみを撫でていたのを見られていたんだろう。なにより豪炎寺が自分の為に選んで買ってくれたのだ。

携帯に付けて触れてみるとコロンとした形が指に優しい。何度も指先で転がしていると、豪炎寺が優しい瞳で笑う。

「よっぽどそのキャラクターが好きなんだな。喜んで貰えて良かった」

「…ああ、大事にする」



本当に好きなのは。



ペンギンでカモフラージュして、誤魔化した。








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