指先に触れる




例の如く相談したいと偽って豪炎寺を誘い、学校からファミレスに行く途中。

「……っ!」

「どうした、鬼道?」

「爪をマントに引っ掛けた」

見ると右の人差し指の爪が割れて血が滲んでいる。結構深いか?

「見せてみろ」

「いや、大したことは」

「いいから」

有無を言わさず手をとられる。至近距離でジッと指先を見られて顔が熱くなった。

「結構痛そうだな。絆創膏あるか?」

「いや、生憎今日は持っていない」

手を離して欲しい。緊張で手に汗をかいてきた。べたべたしないだろうか。

「来い」

「ご、豪炎寺?」

暫く考えこんだあと、右手首を掴まれて引っ張られる。突然どうしたんだ。

「ファミレスよりうちが近い。絆創膏もあるし手当てできる」

「ま、まて!手当てなんて大袈裟すぎる。大丈夫だ」

「今日はうちに誰もいない。手当てしながら相談も聞いてやれる。…嫌か?」

豪炎寺の家に?嬉しい…より緊張する。心の準備が出来てない。

「嫌ではないが…そんな迷惑をかける訳には」

「迷惑じゃない。鬼道が怪我したままだと俺が落ち着かないんだ」

頼む、と言われては断れない。そのまま豪炎寺のうちへ向かうことになった。



*



豪炎寺の言った通り、家には誰もいなかった。豪炎寺の部屋に通され、好きに座るようにクッションを渡された。

「鬼道、手を出せ」

「あ、いや自分で…」

「片手じゃ難しいだろ。ほら」

豪炎寺は救急箱から必要な物を取り出し、手際よく手当てをしていく。さすが医師を目指しているだけある。最後に優しく絆創膏を貼ってくれた。

「これでいい。意外と傷が深かった。気を付けろよ」

「ああ、すまない」

「………」

処置が終わったのに、手を掴まれている。それどころか、他の指先に触れて何か確かめている。指先をスルスル撫でられて、擽ったさと恥ずかしさで声がうわずった。

「ご、豪炎寺っ…手を…」

「鬼道、爪切った後にヤスリかけてるか?」

「い、いや。爪切りで切ってそのままだが」

「だから、引っ掛けたんだな。ちょっと待ってろ」

「?」

すぐに豪炎寺が細くて平たい爪用のヤスリをもって来た。

「ヤスリをかけないと、切りっぱなしでは角があって衣類に引っ掛けやすい」

「そう…なのか?」

「ほら、手を出せ」

「!?いや、いい!大丈夫だ」

「いいから」

「……っ」

結局、爪にヤスリまでかけてもらっている。何だか子供みたいで恥ずかしい。豪炎寺の指が触れている部分が熱い。心臓がドクドクいって、身体中に響いている。聞こえてしまわないだろうか?

下を向いて作業する豪炎寺をこっそり盗み見る。真剣な瞳。睫毛が長い。……綺麗だ、と思う。

「昔、夕香が入院してた時は、よくやってたんだ」

視線は指先に向けたまま、豪炎寺が話し始めた。

「意識が無くても体は成長するから、爪や髪はのびる。それで俺が爪を切ってやってた」

「…道理で上手い訳だ」

「元気になった今じゃ、切らせてくれないがな」

妹の成長を嬉しく、そしてほんの少しだけ寂しく思っているのだろう。表情が物語っている。

「…シスコンだな」

「まあな。仕方ない、可愛いんだ」

「あまり構い過ぎると逆に嫌われるぞ?」

「それは困る」

他愛無い話をして、たまに視線を合わせて。微笑むその顔にドキドキする。触れられたままの手も熱い。平気なフリが出来ているだろうか。

「そう言えば、鬼道の相談は?何かあったんだろう?」

丁寧にヤスリをかけながら豪炎寺が聞いてきた。滑るヤスリが擽ったい。

「あ…いや、いつも通り話を聞いて欲しかっただけだ」

「そうか。……いいぞ、話して。作業しながらじゃマズいか?」

「いや構わない。……豪炎寺は映画好きか?」

「映画?…割と嫌いではない」

遠回しに、不自然じゃないように。慎重に。

「……俺は、家でDVDでは観るんだが、その…映画館には行った事がなくてだな…」

「そうなのか。大画面だと迫力が違うぞ?」

「ああ。映画館は…デートスポットとして有名だろう?だから…どんな感じなのかと…」

「確かに定番かもな。どんな感じ……か。今度行ってみるか?聞くより見た方が早い」

「…ああ!助かる…」

わざと、誘われる様に誘導した。豪炎寺の優しさに付け込んで。

「予行演習だな。まあ別に家でDVDを観るのも悪くないと思うが。おうちデートというやつだ」

「そうなのか?…参考にする」

「……鬼道は勉強熱心だな」

「そんな事は……っ」

冷やかし口調のまま、手元にフッと息を吹き掛けられた。豪炎寺が視線をあげる。

「ほら、爪終わったぞ。もう引っ掛からないだろ?」

「ああ…スベスベする」

「ちゃんと次からは爪切り終わったらかけるんだぞ」

「……わかった」

少し面倒だと思いながら豪炎寺を見ると目が合った。

「面倒だと思ったな?」

「いや、……まあ」

完全に見抜かれた。顔に出してしまっていた様だ。

「言っただろう、鬼道が怪我したら俺が落ち着かない。……そうだな」

「?」

「ちゃんとするなら、映画館に連れてってやる」

「!?…し…しかし爪切る度にヤスリをかけるのは手間だし、なんか女子みたいじゃないか…?」

「偏見だ。週一でチェックするぞ?」

「……身だしなみ検査か」

「だな」

クスクスと笑いながら道具を片付けている。

……週一で指先に触れられるなら、それも悪くないと思った。





家に招かれて指先に触れられて。自分が仕向けたのだけれど、映画の約束をして。

とても幸せで、苦しかった。








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