信じられるまで 「──…っ鬼道!」 走りながら呼んでも歩みを止めない鬼道に、何とか追い付き腕を掴む。 「!!」 ゴーグル越しでもわかる。振り向きざま一瞬驚いたように開かれた瞳は、僅かに涙が滲んでいた。 視線はすぐに逸らされ、肩はびくんと怯えるかのように竦められる。 「……っ、鬼道…っ」 息切れと激しい動悸で、うまく喋れない。口の中がカラカラだ。 鬼道はただ黙って俺の言葉を待っていた。逃がすまいと、俺が腕を掴んでいたせいで動けなかったからかもしれない。 「……っ鬼道、これ……何だ」 「…え……?」 「封筒に、入ってた…っ写真」 「あ…そ、それは……っ」 動揺で詰まる鬼道に、続きを促す。 「…きちんと…説明、してくれっ」 「……っ、は、春奈が撮ったものを焼き増した、んだ。……その、盗み撮りとかでは…なくて…」 「…っそうじゃない」 そうじゃない。写真の入手経路を聞いているわけじゃない。 何故、俺の写真を返してきたのか。いや、それ以前に何故持っていたのか、だ。 「……え…?」 鬼道は、何を問われているのかわからないという顔をしている。 「俺の写真を……何故持っていたんだ?」 「…!…今更、なぜ…そんな事…を…」 「いいから、教えてくれ」 有無を言わさぬ強さで問えば、鬼道は困惑し戸惑いを隠せないようだった。別に、困らせたいわけじゃない。 けれど、おそらくこれはお互いにとって、とても大切な事だ。 もしかしたら。 「………生徒…手帳に…入れていた、から……だ…」 辛そうな表情の鬼道から発せられた言葉は、予想を確信に近付けた。 「……鬼道、お前の好きな人は誰だ?」 「!?…何、言って…」 「聞かせてくれ」 きちんと言葉で欲しい。 「……い、嫌だ。何で…そんな…?……っわざと言わせて……楽しい、のか?」 「違う、そうじゃない」 「違わないっ…!知ってる癖にっ……、こんな惨めな事が…あるか…っ」 苦しそうに歪む瞳が見ていても辛い。けれど。 「頼む」 動揺のあまり動けなくなっている鬼道から、ゴーグルを外し首に掛ける。真っ直ぐ瞳を見据えて両肩を掴み、言い逃れを許さない。 「…っいや、……だ」 「鬼道」 鬼道の口から聞きたい。 言ってくれ。 「……っ…ひど、い」 「鬼道」 頼むから、言ってくれ。 鬼道の口から聞かないと、信じられない。もう、勘違いやすれ違いはごめんだ。 「…もう、…や…め…っ」 「鬼道っ!」 「っ!……ごう…えんじが、好き…なんだ…」 絞り出す様にちいさくこぼれた告白を聞き、ようやく信じられた。 写真を見た時はまさかと思った。けれど、こうして鬼道の口から直に聞けば、間違いようがない。 鬼道が好きなのは、俺だった。 「…これで、満足…か…?」 ああ、鬼道が今にも泣きそうだ。きっと、さっきまでの俺と同じ様に、大きな勘違いをしている。 「鬼道…」 ぐんと引き寄せて、強く抱き締める。 ずっと、ずっとこうしたかった。鬼道に触れたくて、我慢して苦しかった。 「っ!?な、…何…を」 きつく抱き締めながら、耳元に唇を寄せ、自分の気持ちをそっと囁く。 「俺も、鬼道が好きだ」 「…ッ!?な…に言って…、冗談…っ」 「好きだ、鬼道…」 好きだなんて、一生言えないと思ってた。 「う、そ……だ」 「嘘じゃない」 腕から逃れようと抵抗する鬼道を、いっそう強く抱く。 「はな、せ…っ、信じ…られないっ」 突然の告白に混乱も手伝ってか、すぐには言った事を信じて貰えない。 つい先程まで、理由も告げずに距離を置き、冷たい態度で接していたのだから無理もない。 「……なら」 「…はな…せ…!?…っ、…ぅ……ン!」 否定的な言葉を遮り、隙をついて唇を塞ぐ。驚いた鬼道の瞳にも構わず、そのままやわらかく口付け続けた。 きっと、言葉では信じられないだろうから。 最初は激しく抵抗を見せていた鬼道も、宥める様に繰り返し触れると、徐々に力が抜けていった。 「……ん……ぅ…」 「……っ…」 軽いキスくらいじゃ、疑り深い鬼道は信じてくれないかもしれない。 そんな言い訳じみた理由を胸に、何度もキスを繰り返す。しているうちに気持ちがどんどん溢れて、深く求めてしまう。 「……ぅ、…んっ!…んーっ、ン…っ!」 もう息が苦しいと、胸をどんどん叩かれてようやく唇を離した。 「…っ…信じて、くれるか?」 息を乱し、キスの余韻でぼんやりとしていた鬼道に問うと、何かに気付いたのかハッとしている。 「っ馬鹿かっ…!突然、こんな事する奴があるかっ!し…、しかも…外で…っ」 羞恥と酸欠で顔を真っ赤にした鬼道は、とても可愛い。 「もう薄暗くなってるし、誰もいない。それに、見られても別に構わない」 「…な…っ」 「まだ信じられないなら、もう1度するが」 顔を寄せようと腕に力を込めると、ビクリと身体が揺れる。 「…待っ…、わかった!信じる、信じるから……っ」 「……わかってくれたなら、いい」 ぐいぐいと手を突っ張って距離を取ろうとする鬼道を、仕方なく腕の中から解放する。 まだ抱いていたかったのに、と未練がましく思っていると、潤んだ瞳が少し責めるような視線を送ってくる。 「……そ、それなら、どうしてずっと俺を避けてたんだ…?」 辛かったのに、と綺麗な赤い瞳が訴えている。 「悪かった。それは、勘違いだ」 「…勘違い?」 「鬼道は、てっきり佐久間が好きなんだと思ったんだ」 「佐久間?…なぜ…」 「鬼道の生徒手帳が鞄から落ちて…中に佐久間の写真が」 なるほどな…と納得した鬼道が、非難を滲ませた声音で返してきた。 「……それで勝手に早とちりした訳か」 「すまない。だが、帝国学園の生徒でロングヘアの美人、しかもサッカーが上手いだなんて聞いていれば、誰だってそう思うだろう?」 「それは…っ」 鬼道がそう言ったから、だから佐久間だと思い込んでしまったのだ。 「あの時の、好きな人の話はみんな出鱈目か?」 「違っ…!帝国学園の生徒だという事と、ロングヘアの部分以外は…本当だ…」 「……全部、か?」 確認するように問うと、自分の言った事を思い出したのか、みるみる鬼道の頬の赤みが増した。 「……っ…」 「美人で、後輩の面倒見が良くて?」 「や、やめて…くれっ…」 「口より先に手が出る?」 「…っ…ボール、だ」 「俺は1人で抱え込む性格か?」 「い、いつも、何も相談してくれないだろう…っ」 「………どこに1番惹かれたんだ?」 「…っ…もう、茶化すな…」 あの時の、好きで仕方がないといった鬼道の表情を思い出す。まさか俺の話をしていたなんて。 「もう1度、聞きたい」 「嫌だ…、はずかし…いっ」 「鬼道…」 じっと見つめれば、俺が引かないとわかったのだろう。たっぷり溜めたあと、震える声で。 「…っ、…目が、笑うと優しいところ……だっ」 本人を目の前にしての告白に、耳まで赤くなっている鬼道は若干やけくそ気味だ。いつもよりやや幼くなっていて、本当に可愛い。 もう"可愛い"以外言葉が出てこないな、と思いながら鬼道を見ていると、負けてられないとばかりに問いかけられた。 「……お、俺からも聞きたい事がある」 「何だ?」 「恋愛相談の時のアドバイス、あれは……全て本当か?」 「ああ」 大体は本心で答えていた筈だ。 「な、ならっ…、メールは…」 「鬼道が望むなら、1日何回でも」 「…え、映画は…?」 「毎週でも連れて行ってやる。ポップコーンも付けて」 なんならストラップも。 「……コーヒー…も?」 「もちろん」 「………っ」 「……鬼道?」 急に黙ってしまった鬼道を不思議に思い、そっと顔を覗き込むと、泣きそうな小さく弱々しい声が返ってきた。 「……っほん、とう…に…?」 ああ、まだ信じられないんだな。 完全に諦めていたのだろう。絶対に叶うはずなんてないと、ずっと胸の奥深くに気持ちを閉じ込めて。 俺と同じ様に。 想い想われる事に、慣れてない。 「……また、キスされたいのか?」 冗談めかして囁くと、はにかんだ、泣き笑いの表情で返された。 「……そうかも、な…」 予想外な返事に、少し驚かされる。 頭を撫でてやんわり抱き締めてやると、少し照れながら恥ずかしそうに見上げてきた。 「……好きだ、鬼道」 「……んっ…」 目尻に口付けて。 「鬼道が好きなんだ」 「……っ、ああ」 耳元に唇を寄せて。 「 」 「っ!」 耳を押えて真っ赤になっている鬼道と、視線を合わせて。 「…まだ足りないか?」 これ以上は言葉では無理だ。 「……もう少し、だけ」 夢みたいな現実が、信じられる様になるまで。 両想いに未だ慣れない鬼道が、わかるまで、感じるまで。何度でも繰り返し伝えよう、と細い腰に手をやり更に近くに引き寄せた。 (ようやく伝わる、遠回りの恋) END ← |