想い人




それはこっちに目線もくれていない、本人も撮られたことを知らないであろう写真。

春奈にデジカメの写真プリントを頼まれた時、自分用に1枚多く刷ったものだ。真剣な黒い瞳。真っ直ぐしなやかに伸びた右腕。練習中に後輩に指示を出している姿が写っている。飾るには恥ずかしくて、こっそり生徒手帳の表紙の裏に挟んでいた。

まさかその生徒手帳を落とすなんて。

しかも、想いを寄せる豪炎寺本人に拾われ渡された時には肝を冷やした。中には豪炎寺の写真が入っているのだ。見られていたらと思うとゾッとする。

しかし幸いにも豪炎寺は気付かなかった。好きな人がいる、というのはばれてしまったが許容範囲内だ。

あの後、豪炎寺は「鬼道にそんな相手がいたのは驚いたが、上手くいく様に協力する」と言ってくれた。好きなのはお前なんだと言えない事も、俺の恋愛を応援するなんて笑顔で言われる事も、分かっていたのに。


やっぱり胸は苦しかった。


*



あれから、恋愛相談と称して何度も豪炎寺を誘った。遠回しに豪炎寺について色々聞き出す。何をプレゼントしたら喜ばれるか?とか、どうしたら好きになって貰えるだろう?とか、我ながら必死すぎる。

おまえならどう思う?と問うと、俺の意見が参考になるかわからないが…と言いながらも、豪炎寺は丁寧に答えてくれた。時々目が合うとふわりと笑って返してくれる。



その目がとても優しくて。



この恋が実る事などないと分かっていても止まれなかった。








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