もしかしたら




鬼道からメールが来た。
きちんと会って謝りたい、日時はこちらに合わせるとある。

おそらく鬼道は、好きな相手が佐久間なのを黙っていた事、それを隠して恋愛相談をしていた事を謝りたいのだろう。


違う。


謝られても、どうしようもない事なのだ。

別に、鬼道に怒っている訳ではなかった。
最初こそ、何故相手が佐久間だと隠していたのかと思いもしたが、突き詰めればそれは大した事じゃない。

相手が男な事が認められず、そのせいで抑えていた感情が溢れて、苦しい。

わかっている。
男を好きだろうと何だろうと鬼道の勝手で、自分には文句を言う資格なんてない。
だから、距離を置いた。傍にいると、自分の醜い部分が剥き出しになる気がして怖かった。


佐久間はいい奴だ。応援したい。


けれど、それには時間がいる。まだ気持ちの整理が出来ておらず、今はとても鬼道を後押ししてやれそうにない。いい人を演じられない。

もし2人で会ったとして、冷静でいられる自信がなかった。



まだ、会いたくない。



けれど、部室で鉢合わせたあの日から、鬼道との関係をこのままにしておく訳にはいかないとも思っていた。

あの時の震えていた鬼道を思い出すたびに、後悔の念が押し寄せる。あんなにキツい言い方をすべきじゃなかった。

俺自身の気持ちの問題で、鬼道を傷つけてしまっているのだと頭ではわかっている。


これ以上、鬼道を苦しめたくない。


少しくらい無理してでも、仲直りをしたという安心感を与えてやりたかった。

鬼道が佐久間を好きだと知って、動揺から距離を置いたけれど、もう気にしてなどいないと。
嫌いになった訳でも、蔑んでいる訳でもない。ただ驚いたんだと、言ってやれたら。

会っている少しの間だけ感情を押し殺して、今まで通りに親友として振る舞えれば……全て上手くいく。

その後は、少しずつ違和感なく距離をとって、遠くからチームメイトとして見守ればいい。
近くにさえ居なければ、たまに話す程度なら、普通に接する事が出来るかもしれない。

時が経てば、この気持ちも抑えられるだろう。



鬼道の笑った顔が、好きだった。



自分のせいで、その笑顔が失われてしまうのは嫌だ。

俺が傍にいなくても、鬼道は笑える。

円堂が、音無が……佐久間がいるのだから。




少し躊躇いながらも、鬼道にメールを返した。

明日、練習が終わった後。6時に鉄塔の下で待ち合わせる事にした。

狭い個室で2人きりになる勇気は、まだなかった。

鬼道と上手く話せるか、感情を抑えて平気なフリが出来るか、不安で。

案の定、一睡も出来なかった。



*



鉄塔の下に着いたのは5時半を回った頃だったが、既に鬼道は待っていた。映画の時と同様に、随分と早く来たようだ。

こちらに気付いてぎこちなく微笑んでいる様子で、緊張しているのだと分かる。

「待たせてすまない」

「い、いや……俺が勝手に早く来たんだ……」

震えて詰まる声が痛々しい。視線は斜め下に向けたままだ。ここまで鬼道を追い詰めてしまった事が、胸に痛かった。

「鬼道、話とは…」

「すまなかった…っ」

話している途中で突然謝られる。
緊張からか声がうわずっていて、いつもの冷静沈着な鬼道とは別人のようだ。

「……いや」

「気持ち悪かっただろう…。不快な思いをさせて、本当にすまなかった…っ」

頭を下げる鬼道の肩は華奢で弱々しく、抱き締めたいくらいで。

「不快だなんて、別にそんな事は」

そんな事は思っていない。

「……済まない、豪炎寺…、本当に…っ」

「もう謝らなくていい。用件はそれだけか?」

「……っ!」

ビクンと身体を揺らし、言葉を詰まらせた鬼道を見て、しまったと思う。
こんな無愛想な返事をしたい訳じゃない。もっと優しくしたいと思って来た筈なのに。

佐久間が好きな事にただちょっと驚いただけだと、その一言が出てこない。

早く2人きりのこの場から立ち去りたいと焦る気持ちが、余計に言葉を素っ気なくさせた。

「用がないなら、もう…」

「あ、待て!待ってくれ……」

「何だ」

「……っ、これ…」

少し怯える様に、カタカタと震える手で差し出されたのは、白い封筒だった。少し不自然に膨らんでいる。

「何だ?」

「……か、返す…」

貸したものなどあっただろうかと記憶を巡らせて、ようやく思い至る。


あの、映画に行った時にあげたストラップか…。


嫌われたから返す、という事か。相変わらず律儀な性格だ。

「いらないなら、捨てればいいだろう」

俺としても、返されてもどうしようもない。一時でも鬼道の傍にあった物なのだ。見るだけで鬼道を思い出してしまう。

「……っ、捨て…られない、から」

「何故だ?」

「……豪炎寺が、くれた物だからっ…」

人に貰った物は捨てられない、か。優しい鬼道らしいけれど。

「……返されても、俺も困る」


本当に、困る。


「…っ、…いいからっ……受け取ってくれ…頼む」

「…!?」

強引に、手に封筒を押し付けられた。
鬼道を想い買った物を、自分で処分しなければならないなんて。

封筒を受け取ると、鬼道が苦しそうに、絞りだすように言葉を紡ぐ。

「…っもう、好きじゃないから」

「?」

「だから…安心して、くれ」

突然の言葉に、何の事だと思う。


好きじゃない?安心?


佐久間が好きじゃなくなったという意味か?

「突然、何を言って…」

「安心して…サッカーして、くれ……っ」

「……え…」

「っじゃあ、な」

「……鬼道っ?」

もう話はないとばかりに、鬼道はくるりと背を向けて足早に帰っていく。

待て、と呼び止めようとすると、今し方渡された封筒が手から滑り落ちた。受け取る意志がなかったため、きちんと持っていなかったせいだ。

急いで拾い上げた封筒は、ストラップが入っているだけにしては、やけにしっかりとしていて。


他にも何か……入っている?


まさか手紙かと、遠くなる背に焦りながらも中を確かめる。
中に入っていたのは、予想通りあの時あげたストラップと。



「……な…ぜ」



意味がわからない。どうして、写真が。




どうして、俺の写真、が。




困惑して、うまく考えがまとまらない。鬼道の言葉がぐるぐると頭の中で繰り返される。

『もう好きじゃない』

──誰を?

『安心してサッカーをしてくれ』

──何故?

何か、何かがおかしい。ずっと、さっきから引っ掛かっている。話が何だか噛みあっていない。違和感が、拭えない。


まさか。


だめだ、このまま鬼道を帰したら駄目な気がする。


もしかしたら。


俺は……俺達は、お互い大きな勘違いをしていたのかもしれない。


「……っ」


今すぐ、直接確かめなければ。


違うかもしれない、そんな事あるはずがないと思いながらも。


僅かに脳裏を掠めた可能性を確かめる為に、もう随分と遠くなった鬼道の背中を必死で追い駆けた。







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