確かめたい




鬼道の手帳に挟まれた写真を見てから、心身共にガタガタになった。もちろんシュートは入らない。


鬼道が佐久間を好きなのは、考えれば至極当然だった。
帝国時代からの仲で、佐久間は鬼道をよく気に掛けていたし、鬼道も佐久間には特別親しく接していたように思う。はたから見ても強い信頼関係が伺えた。


でも、認められない。


相手が女なら、こんな気持ちには為らなかった。鬼道をもっと楽に諦める事が出来たのだ。前からその為に心の準備をしていたのだから。

鬼道財閥を継ぐ為に、鬼道が人の道を外れない様に、相手は女であるべきで、それが当然だと思っていた。

男の自分では駄目だと、性別の壁を理由に諦めようとしていたのに。

別に佐久間が悪い訳ではないし、そんな事が言える立場に自分はいない。


ただ、我慢できない。


どうして、と。
佐久間だって俺と同じ男じゃないか、と思ってしまう。
鬼道が好きな相手なら、別に誰であろうと構わないはずなのに、頭ではわかっているのに、気持ちが。


気持ちがついてこない。


ひどく傲慢な想いが根底にあるせいだ。心の奥深くにある、真っ黒な感情。






俺じゃ、駄目なのか?






同じ男なら、自分では駄目なのかと。
鬼道の感情を無視し、佐久間を軽んじた最低の──本音。

鬼道が好きだ。けれど、もうどうしたらいいのか分からない。
ただ、こんな感情を持ったまま鬼道には会いたくなかった。


いっそ、このまま距離を置こうか。



*



いい加減マズいと思った。
今週、シュートが1本も入っていない。ゴール前にいる円堂には、すでに何かあったと悟られているだろう。もちろん監督にも。

つい先日も、鬼道に心配そうな目で見られた。
見ないで欲しい。
醜い感情まで見透かされそうで、つい鬼道から顔を背けてしまった。きっと変に思われただろう。

何度も鬼道から痛いほどの視線を感じた。まるで、どうして?なぜ?と訴えているようだった。
当たり前だ。突然避けられたら誰だってそう思う。むしろ怒っても不思議じゃないくらいだ。
鬼道は元々理論的なタイプだから、まだ理由を探して困惑しているのだろう。



もう、傍にいられない。



キツい言葉をぶつけてしまいそうだし、何より、もう抑えが効かなくなりそうで。

腕を掴んで壁に押し付け、どうしてあいつなんだと問い質して。強引に唇を奪い、抗う身体を無理に開かせ、佐久間より先に鬼道を──。



繰り返し繰り返し、馬鹿な事を考えている。気持ちが荒むと、こんなにも乱暴な妄想ばかりが浮かぶのかと自分に失望する。

ここ数日は、自己嫌悪に苛まれて満足に眠れていなかったので、そのせいもあるかもしれない。

円堂に身体の調子が悪い事を伝え、グラウンドを出る。監督にも話し、早退許可を貰った。
着替えようとボンヤリ部室へ入ってロッカーへ向かう。
突然背後で、ガタンと音がした。


振り向けば、今1番会いたくない相手がそこにいた。


「ご、豪炎寺…っ」

「……鬼道…」

久しぶりに聞いた声は、やはり愛しくて。耳を塞ぎたくなる。

「っ、早退…か?」

「……あぁ」

鬼道を真っ直ぐ見れない。密室に2人きりで、手を伸ばせば簡単に届く距離。先刻の欲望にまみれた妄想が甦った。


今なら、抱ける。


爪が食い込み、血が滲む程強く拳を握り、沸き上がる衝動を痛みで何とかやり過ごす。

「身体、調子が…悪いのか…?」

「…あぁ、だからもう話しかけないでくれないか?」

あからさまな拒絶に、ビクッと鬼道が身体を揺らした。明らかにショックを受けた表情をしていて、傷付けてしまったと一目でわかる。

「……なん、で」

「………」

「どう、して……俺を避ける?」

話しかけるなと言われたにも関わらず、小さく震える声で鬼道は聞いてきた。

俺も聞きたい事がある。鬼道の気持ちを、きちんと確認したい。
偶然写真を見た事で佐久間が好きなのだと確信したが、万が一にも間違いという可能性もある。そうであって欲しい。

「………鬼道、お前」

「…何…だ?」

「男が好きなのか?」

「っ!!?」

サッと青ざめた鬼道の表情が、全てを物語っていた。
拳をギュッと握り直す。


本当、なんだな。


「………悪いが、鬼道とは少し距離を置きたい」

「あ……、っ…どうして、それを……」

見ていて可哀想なくらい震えている。せめて最後くらい優しくしたかった。

「……安心しろ、この事は他言しない」

「……っ、…」

鬼道から視線を外し、ロッカーへ向かう。手早く着替えを済ませると、未だ茫然としている鬼道を残して部室を出た。


本当は、抱き締めたかった。


自分も同じだ、男が好きなんだと、仲間意識で弱った心に付け入りたかった。

自分の醜い感情をコントロールするのに必死で、だからドアが閉まる直前の鬼道の呟きに、気付かなかった。



「好きに…なって、……すまなかった…」






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