好きなのは




映画館以降、鬼道との距離をずっと計りかねている。



先週末、鬼道は帝国学園へ行ってきた筈だ。帝国へ行くのだと話す鬼道はやけに嬉しそうで、軽く嫉妬してしまった位で。
もしかしたら今日は相談ではなく、惚気られたりするのではないかと少し憂鬱に思っていた。

好きな人の話をする鬼道は本当に幸せそうで、表情もサッカーをしている時とは違い、随分とやわらかい。気持ちが抑えられないのだろう。


近くにいればいる程、鬼道への想いは強く大きくなった。


今よりもう少し距離を置かなければと分かっていても、大勢いる友人の1人にはなりたくない、鬼道の特別でありたいと願ってしまう。

相談をする時の少し遠慮がちな声や、アドバイスを求める時の頼りきった表情が、もっと見たくて。



鬼道の傍を離れたくなかった。

これ以上、好きになってはいけないのに。



*



放課後、慣れない日直の仕事に手間取り、少し部活の時間に遅れてしまった。かなり急いだが間に合わず、既にグラウンドからは元気な円堂のかけ声が聞こえてきていた。

普段は部員達の話し声でガヤガヤと騒がしい部室も、今は誰も居らずシンと静まり返っている。

やわらかな日ざしにキラキラと埃が舞う中、大急ぎで着替えていると、ふと鬼道のロッカーが少し開いている事に気が付いた。

普段キッチリしている鬼道が、今日はまた随分と急いでいたんだなと少し苦笑する。取っ手に手を掛け軽く押したが、何か挟まっているのか、なかなか閉まらない。

仕方なく1度開け、ロッカーを閉め直してやろうとした、その時。

中の鞄の上から手帳が落ちてきた。見覚えのある、生徒手帳。

勿論、中を見るつもりなんてなかった。
なかった……けれど。

落ちた手帳からは、すでに写真が滑り出ていて。




「………っ…」




震える手で手帳と写真を拾い上げると、元通り鞄の上に乗せ静かにロッカーの扉を閉めた。


*


その日の部活はほとんど記憶がない。
ただ、シュートが1度も入らなかった事だけは覚えている。
円堂に「ま、こんな日もたまにはあるよな!」とポンと肩を叩かれた。

部活が終わると着替えもせずに、鞄を掴んで部室を出る。


鬼道の顔を、今は見れない。見たくない。


急いでいる訳でもないのに、いつのまにか走っていた。

走って、ただひたすら走って。

疲労で足がもつれて転びそうになり、ようやく何とか止まる事が出来た。

震える手を膝に当て、乱れた呼吸を何度も繰り返す。頭がズキズキと血が巡ったように熱い。汗が顎からいくつも落ちて、乾いたアスファルトに黒い染みを作った。





佐久間、だった。





写真には、鬼道と視線を合わせ楽しそうに笑っている佐久間が写っていた。
とても幸せそうな、2人が。

わからない、まだそうと決まった訳じゃない。自分に何度も言い聞かせる。


けれど。


帝国学園の生徒で、ロングヘアで、美人で、サッカーが上手い。

FFIで一緒のチームだったからわかる。佐久間はもちろん後輩に慕われているし、確かに気性の激しい一面もあり、場合によっては口より手が出るかもしれない。


当て嵌まりすぎる。


確かに鬼道は、1度だって好きな相手が"女"だとは言わなかった。俺が勝手に思い込んでいただけだ。
鬼道もそんな俺に合わせて、相手が女であるかの様に振る舞っていたのかもしれない。

俺が佐久間と知り合いだから、敢えて名前も出さなかったのだろう。相手が男だなんて、確かに言いづらい筈だ。

毎日メールをしたいのも、一緒に映画に行きたいのも、全て佐久間の事を言っていたのか?

だとしたら、相談に乗ってアドバイスをしていた自分は、なんて愚かなのだろう。

鬼道に、裏切られたように感じた。
なぜ相手が佐久間である事を隠していたのかと、責める気持ちが止まらない。

自分勝手な、感情が溢れる。

もう、色々な気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、自分でもよくわからなかった。



ぎゅっと手を胸に押しあてる。息が出来ない。苦しい。



こんなことなら、最初に生徒手帳なんて拾うんじゃなかった。

恋愛相談なんて断れば。

映画になんて行かなければ。






鬼道を好きになんて、ならなければ。






全部、全部後悔した。



今までにない激しい感情が胸に渦巻いて、抑えられそうになかった。

明日以降、俺はどうしたらいい?

暫く、いや、いつまでかは分からない。

けれど鬼道とは会いたくない、何も話したくない、と初めて心の底から本気で思った。








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