落とし物




移動教室のため廊下を歩いていると、つま先に何か当たった。生徒手帳だ。今時きちんと持ち歩いている奴もいるんだな、と感心して拾い上げる。裏返して持ち主を確認して。ああ、納得。

昼休み、鬼道の教室まで手帳を渡しに来たが不在だった。クラスメイトによると、えらく急いで教室を出て行ったらしい。まあ、居ないなら仕方ない。放課後に部室で渡せばいい。


*


鬼道は部活開始直前に部室に飛び込んできた。すぐに練習が始まり声をかけられない。結局鬼道に話しかけられたのは、部活が終わり着替えている時だった。もう大分遅い時間で部室には俺達しかいなかった。

「鬼道、ちょっといいか」

「すまない豪炎寺、急いでいるので急用でなければ明日にしてくれないか」

申し訳なさそうな、しかしかなり焦った声で言われた。昼休みも急いでいたというし、何かあったのだろうか。

「ああ、すぐ済む。これ、落としただろう?廊下に落ちてた」

「…あ!」

生徒手帳を渡すと、鬼道はホッと安心した様に息を吐いたが、次の瞬間にはみるみる不安そうな表情に変わった。

「どうした?」

「あ…いや、すまない助かった。ずっと昼から探していたんだ。今からまた探すつもりだった。見つかって本当に良かった…」

「だから急いでたのか?」

「ああ…」

良かった、と言う割に表情は冴えない。何か、無くなっていたのだろうか。例えば…音無の写真を挟んでてそれが無い、とか。普段冷静な鬼道をこんなに慌てさせるのは音無くらいだろう。

「大丈夫か?何か無くなっているなら一緒に探すぞ」

「いや、何も無くなっていない。大丈夫だ」

何も無くしていないなら、何故そんな表情をする?しかも、チラチラ俺を見ている。聞きたい事がある様な。仕方ない、俺から聞いてみるか。

「しかし随分大切にしているんだな、生徒手帳。」

「ん、…まあな。」

「何か大事な物でも入れてるのか?…大切な人の写真とか」

多少からかう様な口調で聞いてみたものの、妹の大切さは俺にもわかっている。

「な……っ見たのか!?」

「いや、見てはいないが」

見ていないが大体の予想はつく。中の写真が見られたと思っていたのか。鬼道も照れたりするんだな。

「そ、そうか……見てないか」

「入れてるんだな、写真」

いつもとのギャップに、ついつい頬が緩んでしまう。

「!?…っ何だその顔は、笑いたければ笑え!」

「っいや、すまない。まさか本当に写真入れてるとは思わなくて…。まあ、いいんじゃないか?可愛くて」

「かっ、かわ…!」

バカにするなと顔を赤くして目をそらす鬼道は、いつもより幼なく見える。やはり大人びていても、中学生なのだ。

「……ハッキリ言えばいいだろう、好きな奴の写真なんかいれて女々しいと」

女々しくなんて…。……?好きな奴?

「……豪炎寺は…こういう、その、手帳に写真を入れてるとか……引くか?」

「え…あ、いや別に」

「そうか…、なら良かった……」

まだ少し赤い頬を緩め、胸元でぎゅっと大事そうに生徒手帳を握る鬼道の表情は片想いのそれで。音無でなく好きな人の写真を入れているんだと、自分の勘違いに漸く気が付いた。



*



鬼道に好きな人?写真を携帯するほどの?そんな素振り全然なかった。あんなに近くにいて気付かなかったなんて。

何だか……素直に喜べない。応援してやりたいのに。鬼道には幸せになって欲しいのに。

親友なのに相談してくれなかったからか?それとも、親友を取られるみたいで俺は寂しいのか?




でも、胸がこんなに苦しいのは。

この気持ちは。




恋だと気づいた、その瞬間に失恋とは、我ながら救えないと思った。







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