適度な距離




ストラップは鬼道に喜んで貰えた様で安心した。
渡し方は不自然ではなかっただろうかと多少不安になるが、友人同士でもこのくらいのプレゼントは普通だと自分に言い聞かせる。


親友でいなければならない。
では親友とはどこまでを言うのだろう?


一緒に映画を観たり、ごはんを食べるのはセーフだろう。手を繋いだりはしないと思う。
けれど、急いでいて手を掴むくらいなら…だめだろうか?

つい、どうにか偶然や勢いを装って触れたいと考えている自分に失笑する。バカな事をしない様に両手をポケットに突っ込んだ。

「そろそろ時間だな、映画館へ行くか」

「!…ああ」

ベンチに座りストラップを眺めていた鬼道に声をかけると、慌てて携帯をしまい立ち上がる。
窓口まで行き、券を2枚購入しながら説明する。

「座席は真ん中かやや後ろくらいが観やすいと思う。前だと画面に近くて字幕が見辛いし、目が疲れる」

「なるほど」

特別詳しい訳でもない俺の説明に、こくこく頷いている。

「何か飲み物や食べ物はいるか?」

「飲食禁止ではないのか?」

「ここで買ったものは大丈夫だ。持ち込みは禁止のはずだが」

「ならばあれがいい」

鬼道が指さす先には大きな容器に入ったポップコーンが売られている。映画館ならではだ。

「大きいな。Lサイズだが、食べきれるか?」

「一緒に食べるの手伝ってくれ。嫌いか?」

「いや、大丈夫だ」

小さいサイズを買えば済むのではと思うが、確かに大きい方が映画館らしい。気分の問題だろうが、鬼道にしては珍しい選択だ。

映画館が初めてではしゃいでいるのか、学校とは違う一面がチラホラ見える。
今までこんな風に遊ぶ余裕なんて無かったに違いない。その華奢な肩に多くのものを背負っていたのだ。

ポップコーンと合わせて飲み物も買い、指定席に向かう。
小さな鬼道が大きな容器を持ってモグモグと口を動かしている姿は小動物の様で可愛い。思わず頬が緩んでしまった。

「ポップコーン好きなんだな、意外だ」

「ふ、普通だ…っ。豪炎寺も食べるの手伝ってくれ」

「ああ、貰おう」

協力しようと手を伸ばすと、鬼道の手とぶつかった。無意識でかなり油断していた為、焦ってしまった。

「す、すまない」

「平気だ」

それよりほら、と容器を向けられたのでいくつか取って口に放り込む。軽い歯触りに適度な塩加減が美味しい。久しぶりに食べるとなかなかやめられなくて、黙々と2人で手と口を動かした。

その後も何度か手と手が触れたが、もう顔に出す様な失敗はしない。掴んで、握ってしまいたい衝動と共に抑え込んだ。


「もうそろそろ始まるぞ。ゴーグルは取らないのか?」

「あ、いや取る。忘れていた…」

試合の時は冷静沈着な司令塔が、今はただの中学生だ。慌ててゴーグルを外したり、携帯の電源を切ったり、ポップコーンが邪魔で身動きが取れていなかったり。

中身をこぼしそうな容器を持ち上げてやると、すまない助かった、とはにかんで笑った。

透き通る深い赤に釘付けになる。ゴーグルに隠れて滅多に見れない瞳は予想以上の威力で、映画中もそればかり思い出して内容に殆ど集中出来ない。

暗闇の中、こっそり隣の鬼道を盗み見て後悔した。瞬きも忘れるほどに真剣な表情に心奪われる。



好きだ。



胸が苦しくて涙が出そうになった。奥底に閉じ込めた筈の気持ちが、ぐらぐらと揺れる。


親友でいることは、思っていた以上に苦しかった。絶えず沸き上がる欲望を抑え、自分を偽り、その都度自身の浅ましさを再確認させられる。

ずっと傍に…なんて無理なのかもしれない。自分の心が傷つくのはまだいいが、このままでは鬼道まで傷つけてしまいそうだった。


手を握りたい、そんな欲望で済んでいるうちに。


自分を見失わない、適度な距離を保たなければ…とスクリーンに目を向けながら強く強く思った。







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