昨夜のこと




ぼんやりと遠くから声が聞こえる。なんだかすごく心地よい、安心する声だ。

「鬼道、もうそろそろ起きないと練習に間に合わない」

「鬼道、大丈夫か?結構飲んでたからなあ」

「元はと言えばおまえが…。おい、鬼道。大丈夫か?」

俺が…呼ばれている?

「ん………んっ…?」

「大丈夫か?頭痛かったり、具合悪くないか」

「…っは!豪炎寺!?円堂?おまえ達、なぜここにいるっ?!」

視界に映る2人に驚いてとび起きた。一気に目が醒めた。ここは俺の部屋のはずだ。

「昨日、3人でサッカーのDVD観ただろう?そのまま俺達はここで寝てしまったんだが…。覚えてないか?」

「ああ…いや、DVDを観た所までは覚えているが…途中から記憶が」

「あーそれ、多分酒のせいかも」

円堂がサラリととんでもない事を言った。さ、酒!?

「昨日円堂が持ってきたジュースの中にチューハイが交ざっていたんだ」

普通ジュースと間違えるか?と豪炎寺は呆れているが、こっちはそれどころではない。DVDの途中から全く記憶がない。思い出せない。

「き、昨日俺は…何か…お前達に不愉快な思いをさせたりしてないか?」

恐ろしいが、聞くしかない。おそるおそる問うと、2人はピタリと動きを止めてまさかという顔をした。

「何も、覚えてないのか?」

豪炎寺が、やや困惑ぎみに、しかしハッキリと聞いてきた。なんだか含みのある物言いだ。

「え…いや、………あぁ……すまない本当に思い出せない。俺は何かしたのか?」



「「…………」」



なぜ何も言ってくれない!?いつもはハッキリ物を言う円堂まで黙ったままとは。2人共、言うべきかどうか迷っているようだ。

「頼む、昨日俺が何をしたのか教えてくれ」

聞かない事には謝罪もできない。取り返しのつく事ならいいが…。2人の困っている様な、怒っている様な表情がかなり気に掛かる。


「3回」



突然円堂が口を開いた。少し強めの口調だ。

「3回、鬼道に告白された」

「!?」

「豪炎寺にも5回プロポーズしてた」

告白にプロポーズ…だと?…だから2人共そんな顔しているのか?

2人の事が好きで、けれどずっと隠していた。同性で友人で、しかもチームメイト。言えるはずがない。伝えるつもりもなかった。なのにアルコールで気が緩んだのか。なんて馬鹿なんだ俺は。

………確かに嫌われて当然だろう。同性からの告白なんて普通気持ち悪いに決まっている。2人の表情から察すると、冗談だったで済まされる物ではなかったのだろう。昨夜の自分を呪いたい。



「そうか…………すまなかった、昨日の事は忘れてくれ」



努めて平静を装う。ああ、2人の視線が痛い。この空間から、早く逃げ出したかった。

「顔を…洗ってくる」

2人の返事を待たずにタオルを掴み部屋を飛び出した。円堂が何か叫んでいたが聞き取れなかった。




*




「鬼道、行っちゃった…」

「…ああ」

円堂の制止を振り切り鬼道は出て行ってしまった。完全にあれは誤解しているな…。

「っていうか鬼道なんか勘違いしてなかったか?」

「多分な。追いかけるか」

「おう!…でもさ、俺3回も告白オッケーしたのに、全然覚えてないとか、ちょっとショックなんだけど」

あんなに嬉しかったのにさ、と円堂が少し拗ねた様に言う。俺だってそうだ。全然納得がいかない。

「それを言うなら、俺は5回も結婚を了承したんだが…」

全く、本当に人騒がせなやつだ。告白して、しかもそれを覚えていないなんて質が悪い。追いかけて捕まえて、昨日のことを絶対思い出させると心に誓う。

今日の朝練は完全に遅刻だ。






END





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