欲張り




それは偶々だった。
ファーストフード店の隣の席から聞こえてきた会話。女子高生が3人で恋愛について話していた。

声が大きく、勝手に聞こえてきた内容は「フタマタ」について。

知らない言葉が多かったけれど「2人とも好き」って部分は分かるかも、と思った。自分も鬼道と豪炎寺、両方好きだから。
チラリと前の2人に視線を移す。天才ゲームメイカーとエースストライカー、2人と一緒にサッカーが出来る自分は幸せだと思う。

ぼんやりと隣を見れば、女子高生達はいつの間にかいなくなっていた。

「今時の女子高生は…恥ずかしくないのか」

鬼道が呟く。豪炎寺も少し眉を潜めている。どうしたんだろう。

「今の隣の話か?」

「ああ。あんな大きな声で」

「話が丸聞こえだったからな」

やはり鬼道も豪炎寺も聞こえていた様だ。

「あの、フタマタ…ってやつか?」

もしやと問うと、鬼道が軽蔑したように答える。

「ああ、最低だな。相手が可哀想だ」

「まあ、確かに良くはないな」

豪炎寺もそれに同意するように頷く。

「そ、そうだよなっ。俺もそう思ってた」

咄嗟に話を合わせたが、内心は動揺していた。2人を好きな事は、良くない事だと初めて気付く。

「春奈は絶対ああはならん」

「夕香だってならない」

2人は妹の話で盛り上がっていたが、俺の耳には殆んど入って来なかった。


*


家に帰ってからもずっと頭を巡るのは2人の事だ。布団に入っても全然眠れない。2人を好きなのは"フタマタ"で良くない事で。でもどちらかを選ぶ事なんて自分には出来ない。2人共、大好きで大切なのだ。

結局眠れないまま朝を迎えてしまい、フラフラのまま朝練に参加した。案の定、キレのない動きや小さな声を監督に指摘されて、早々にグラウンドから出されてしまう。これじゃキャプテン失格だ。

2人が心配そうにこっちを見ていたが、視線を振り切って校舎へ走った。今は2人と顔を合わせたくない。不調の原因を問い質されても答えられないのだ。

頭がズキズキと鈍く痛み、思考がまとまらない。昨日から胸の奥も苦しいし、何より教室に行きたくなかった。


*


誰にも知らせず訪れた保健室は静かだった。先生は不在だったので勝手にベッドへ潜り込む。

目を閉じても考えるのは2人の事だ。気持ちを知られたら、嫌われてしまうかもしれない。昨日の2人の顔を思い出して更に胸が痛くなった。



夢の中で2人に責められた。

「そんな奴だと思わなかった」
「最低だ」
「お前とはサッカー出来ない」

泣いて縋って、何度も謝ったけれど許しては貰えなかった。



濡れた枕の冷たさで目が覚める。体を起こしてもまだ夢の中の感覚が鮮明に残っている。

怖くて、悲しくて、寂しくて。

ぼたぼたと涙が制服のシャツに染みをつくる。泣いてるうちに、どんどん苦しくなって嗚咽が漏れた。
夢は、もしかしたら近い未来を映しているのかもしれなかった。


その時、保健室のドアが突然ノックされた。驚きで体が跳ねる。

「失礼します」

止める暇もなかった。礼儀正しく会釈する鬼道に続いて豪炎寺も入ってくる。2人はこっちを見て一瞬驚いた後、すぐに傍に来た。

「円堂、どうした!?」

「朝からずっと捜してたんだぞ?だ…大丈夫か?」

壁の時計を見たらもう昼休みの時間だ。ずっと捜してくれてたんだと思うと、申し訳なかった。

「どうした、どこか痛いのか?」

「先生呼ぶか?」

嗚咽で声は出せない代わりに首を振る。

「…そうか」

「朝、様子が変だったから気になってた。授業になっても来ないから驚いたぞ」

「…っ…ごめ、ん」

泣き過ぎて声が擦れてしまった。

「…何かあったのか?」

豪炎寺が心配そうに聞いてきた。

「俺達でよければ相談に乗るぞ?」

鬼道も覗き込むように言う。2人とも優しくて、逆にそれが辛かった。

「何でも、ない…。俺、今日はもう…帰る…」

ベッドから降りようとすると、豪炎寺が少し眉間にシワを寄せて呟いた。

「…そんなに俺達は頼りないか?」

「豪炎寺、その言い方は…」

鬼道が豪炎寺をたしなめるが、納得のいっていない表情は同じだ。

「っ頼りないとかじゃなくて…、ちが……」

言ったら、夢の中の様に軽蔑される。でも言わなかったら2人が頼りないと認めた事になる。

「俺が…悪いんだ。2人共…ごめん」

俯いていると豪炎寺が不思議そうに聞いてきた。

「何を謝ってるんだ?」

「そうだ円堂、何の事だ」

詳しく話してみろ、と鬼道にも促される。2人を好きな事は言えない。言葉を選んで何とか説明してみる。

「俺…最低で…っ、2人とはずっと一緒にサッカーしたいけど、でも嫌われて、無理かもしれない…からっ」

「…悪い、よく分からない…」

「すまん、俺も…わからん…」

俺の説明に、豪炎寺も鬼道も首を傾げている。

「サッカー出来ないってどういう事だ?」
「最低って、何があった?」
「体調の問題か?」
「もっと詳しく話してくれ」

2人の矢継ぎ早な質問に、怒られている訳でもないのに追い詰められた。さっきの夢をまた思い出して、怖くなる。シーツの上の手が震えた。


「……っ、……2人が…すき…」


つい口から本音がこぼれた。もう、限界だ。

「円堂?」

「2人の事、好き…で、でも選べない、から」

少し訝しむように鬼道が問う。

「…それは恋愛対象としてか…?」

「れん…?わかんないけど…2人を好き、は…最低だって…っ。フタマタだから…っ」

嗚咽で途切れながらも話したら、鬼道が成る程なと呟いた。

「昨日の話だな。それでそんなに悩んでいたのか?」

「鬼道、最低って…言ってた。豪炎寺もっ、良くないって…。2人に嫌われたら、もう一緒にサッカー出来ない…っ」

2人が顔を見合わせた。

「円堂、それはちょっと違う」

困ったように豪炎寺が涙を拭ってくれる。違う?

「2人それぞれに隠して付き合っていたら、それは二股だ。両方を騙している事になる。これは良くない事だ」

鬼道が丁寧に説明してくれた。隠してたらだめってことか?

「じゃあ隠さなかったら2人を好きでもいいのか?」

「…いや、なんていうか…そもそも2人を好きというのはイレギュラーで…」

「やっぱ…いけないんだろ…?」

鬼道が何だか焦っている。見兼ねた豪炎寺が変わって話しはじめた。

「普通、2人同時に好きになったりはしないものなんだ。だが、俺は別に構わないと思う。俺も円堂と鬼道、どちらも好きだ」

「…ああ、そういう事だ」

よくわからないけど、2人共怒ってない。いつもの通り優しいままだ。

「…今まで通り、好きでいいのか?」

「ああ」

「構わない」

鬼道が優しく頭を撫でてくれる。豪炎寺がそっと手を握ってくれた。2人を好きで…いいんだ。

「そっか…良かった…」

安心して漸く涙が止まった。そういえば、と豪炎寺が思い出した様に言う。

「円堂、昼食は食べたか?」

「食べてない。なんか、泣いたら腹減ってきたかも…。まだ購買間に合うかな」

「お前の分もパンを買ってある。屋上に行こう」

豪炎寺と鬼道が手を差し出してくれた。2人の手をとってベッドから降りる。こうやっていつまでも2人と一緒に居たい、そう心から思った。


*


「豪炎寺、今日の円堂をどう思う?」

「じきに円堂にも愛情と友情の区別がつくようになるさ。その時に誰を選ぶかはわからないが」

「…円堂は、俺達を選ぶだろうか」

「さあな。でも今日の感じだと脈はあると思う。俺かおまえか、もしくは両方か」

「両方とは欲張りだな」

「日本代表を世界一へ導いたキャプテンだ、そのくらいが丁度いい」

「……確かにな」





誰かを選ぶその日までは、俺達が隣に。



END




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