※年齢操作あり。


ゆっくりと壊れて




中学時代から、円堂にずっと焦がれていた。


あの頃は自分だけじゃなく、信頼を寄せてくれる裏表のない笑顔に皆が夢中で。鬼道も風丸もヒロトも、戦った相手チームの奴でさえも円堂を慕っていた。


それでも、自分ほど醜い欲望を抱いていた者は居なかっただろうけれど。


*


ドイツに留学してからしばらくして、円堂から手紙が届いた。

白くて綺麗な、やや厚みのある封筒。一目でわかる、結婚式の招待状だ。金色の縁取りに同じく金色の封が綺麗で眩しかった。雷門の名前も連名で綴られている。

いつかこの日が来るとわかっていたのに。

ズキリと痛む胸はあの頃と何も変わっていなかった。







結婚式当日、思っていたよりも心は凪いでいた。あんなに今日という日を恐れていたのに、笑っておめでとうが言える自分に少し驚いて、円堂の幸せを祝えることに心から安堵する。

同じテーブルには鬼道をはじめ見慣れた懐かしい面子が揃い、昔話で大いに盛り上がった。


久しぶりに見た円堂の、緊張した顔も、誓いますとハッキリ答えた真剣な眼差しも、全て瞳に焼き付いて離れない。


円堂の顔を見ればわかる。幸せなんだな、とそう思った。




明日の朝の便でドイツに戻るんだ、と二次会を断り式場から帰る途中、鬼道から声を掛けられた。
さっきまでとは違う、やや真剣な顔でゆっくりと問われた。


「大丈夫、か?」


その気遣う響きだけで、何についてかすぐに分かる。
昔から人の機微に聡い鬼道には、円堂への恋慕を隠しきれなかった。苦しくて辛かったあの日々を、鬼道だけは知っている。

そして、未だに円堂を想う俺を心配してくれているのだ。


「ああ、大丈夫だ」


笑って答える俺の顔を、鬼道は何か言いたそうに見つめていたが、最後には微笑みながら肩を叩かれた。何かあれば連絡してこい、と。


鬼道と別れ、予約したホテルへ向かう途中、突然吐き気と頭痛に襲われて近くの壁に思わず手を付いた。胸をぎゅっと押さえ何とか堪えたが、頭に響く痛みは治まらない。


今日はそんなに飲んでいただろうか?


*


ドイツに戻り、いつもの生活が始まる。

朝起きて大学へ行き、帰って来てただ眠るだけ。空いた時間はひたすらに、医師になるための知識を頭に叩き込む。

あれ以来たまに襲う頭痛や吐き気も、すぐに治まるので放っておいていた。
体に疲れが溜まっているのは薄々感じていたが、余計な事が頭に浮かぶ、そんな時間や余裕を作りたくなかった。





青空が広がる、とても良く晴れた日。

いつもの様に、朝起きて大学へ行く準備をしていた。
シャワーに入り、軽く水を飲み、必要なファイルや筆記用具を揃えて。
特別な事は何もない、普段通りの朝。床に置いた鞄を取ろうとした瞬間。


突然、涙がこぼれた。


自分でも何故泣いているのかわからない。拭っても涙は次々溢れて、仕舞いには声も抑えられなくなった。

「…っな…に…?」

肩を震わせ嗚咽を洩らしながら、床に膝をつく。痛いわけでもない、悲しくもないのに。胸の奥が堪らなく切なくて、感情をコントロール出来ない。

自分をこんなに揺さ振る理由はひとつしか思い当たらない。たった、1人。



ああ、


自分はいつの間にかこんなにもおかしくなっていたのか、と口元を押さえながら思った。


きっと結婚式のあの日から。いや、招待状を手にしたあの瞬間から少しずつ。


自分自身すら騙して、平気な顔をし続けていたのだ。あれ程、体は頭痛や吐き気で異常を訴えていたのに。

「う、…っ、……っぐ」

揺れる身体を強く抱き締めて感情を抑えようとしても、隠してきた気持ちがみるみる膨らんで、見たくない自分の負の部分が剥き出しになった。

円堂が好きだ。結婚なんてしないでほしい。雷門より自分の方がずっと想っているのに。指輪なんて外して、こっちを見てくれたら。


ずっと俺の隣に居て欲しかった。


歪んだ想いばかり中学生の時から溜め込んで、表面だけ親友のふりをしていた。

「っあ、う、……っ」

雷門と幸せになって欲しいなんて、欠片も思っていなかった。上手くいかなければいいと、好きな人の幸せを望めない自分を心底恥ずかしく思う。

「……っ最…低、…っ…」

涙は溢れ続け、次々に床に染みを作った。この涙と一緒に、醜い感情も円堂を想う気持ちも流れてしまえばいいのに。

多分、自分だけがあの頃から前に進めていないのだ。悪意にも似た感情を抱えたまま円堂を想い、一歩も動けないでいる。

いつも手を引いて、時には背を押してくれた笑顔の彼は、もう傍にはいないのだ。


「…っく、円…堂っ!…えんど…う…っ」


結婚式から3ヶ月経った、よく晴れた日。

床に蹲りながら、壊れた自分にようやく気が付いた。





もう、昔には戻れないのに。




END





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