付き合うという事




豪炎寺はクールに見えるが、実はかなり熱い一面を持っている。そんな豪炎寺との付き合いを了承したのは、やはりその激しさに惹かれたのもあると思う。別に必要以上に愛して欲しい訳ではない。ただ、皆より少し特別になりたかった。


*


付き合って1ヶ月経つが、以前と何も変わらない。いや、前よりひどくないだろうか?2人きりでも視線も合わせない。手も繋がない。サッカーするのに必要最小限の話しかしていない。


これは…友達以下じゃないか?


実際、客観的に見れば円堂との方が仲良くみえるだろう。円堂に肩を組まれて笑いながらふざけあったりしている。…見ていられない。

付き合っていると思っていたのは俺だけだったのだろうか。放課後部室で「お前が好きだ、付き合って欲しい」と言われた、あれは夢か?もしや…友人として好きという意味だったのか。こんなに振り回されている自分が腹立たしい。

「鬼道ーっ!」

「!?」

突然、ドンと軽く衝撃がありそのままぎゅうっと抱き締められた。

「え、円堂…!?いきなりどうした」

驚いた。さっきまで向こうにいたのに、いつの間こっちに来たんだ。

「鬼道の元気がないからさ。様子見にきたんだぜ!」

「だからといってこれは……苦しいっ、え、円堂っ…放せ…っ…こら!」

ゴールキーパーの腕力は凄まじい。しかも円堂は加減を知らない。

「…円堂、本当に、っ苦しい…!」

「…元気出たか?」

俺からパッと腕を話すと、ニコニコ聞いてくる。こいつは…なんだか怒る気も失せるな。

「っ…ああ、心配かけて済まない。平気だ」

「なら良かった!何かあったら相談しろよな、これでもキャプテンなんだから」

「分かってる…ありがとう円堂」

円堂の笑顔につられて思わず笑みがこぼれた。円堂にはいつも助けられている。何だかんだで信頼しているのだ。

「あ、鬼道普通に笑った!」

「どういう意味だ…」

「いつも悪者みたいに笑うからさ。こっちの方がいいな。可愛い!鬼道が可愛い!」

「男に可愛いとか…っ、しかも声が大きいっ!連呼するな!」

もう1回!なあ、もう1回!とせがむ円堂を引き剥がし、早々に練習を再開した。


*


部活も終わり、帰ろうと部室を出た所で待っていたらしい豪炎寺に話しかけられた。

「一緒に帰らないか」

「……あ…あ、構わない」

豪炎寺から誘ったくせに、ずっと黙って歩いている。話があって待っていた訳じゃないのか?

「今日」

もう少しで別れる地点だという時に、突然話しかけられた。

「今日、円堂と何話していたんだ?」

今日?円堂とは色々話しているしどれの事を指しているのかわからない。

「何の事だ?」

「だから、練習中に」

「ああ、フォーメーションの変更…」

「違う!」

強く否定されたので、驚いて肩が揺れてしまった。何かに怒っている…のか?少しこわい。

「な、何だ…わからないから…きちんと」

「誤魔化すな!」

「誤魔化してなんて…」

声が少し震えた。訳が分からないし、豪炎寺の口調はもう完全に恋人へ対するものではない。何より視線が冷たい。付き合っているというのは、本当に俺の勘違いだった様だ。

「何だ、俺には言いたくないか」

「……何の事か分からないが、俺が円堂と何を話していても豪炎寺には関係ないだろう!」

ついカッとなった。何故か怒られて、詰問されてる内容もよくわからない。その上1ヶ月も付き合っていると勘違いしていたなんて、バカみたいだ。

「…鬼道、お前…!」

「…っ…もう帰る」

今日はもう無理だ。感情的になりすぎて、言わなくて良い事まで言ってしまいそうだ。

「待て、鬼道!話はまだ…」

「触るなっ!」

肩を掴む腕を勢いで払う。思ったより大きな音が響いた。…豪炎寺の驚いた表情に、すぐに後悔する。こんな顔させたかった訳じゃない。

「関係ない、か…」

豪炎寺が小さく呟いた。今まで聞いたのない、諦めた響きに違和感を感じる。

「…わかった、悪かったな」

「…豪炎寺?」

「……前に言った、あれも忘れてくれ」

「あれ?」

「付き合ってくれ、と言っただろう。あれはもういい」

「!?」

忘れるはずがない、ここ暫くずっと悩まされていたのだ。それを忘れてくれだと…?

「……じゃあな」

「ちょっと待て。お前、俺と付き合っているつもりあったのか?」

「…鬼道がどうかは知らないが、俺はそのつもりだった」

「では何故いつも目を合わせない?一緒に帰っても何する訳でもない。恋人らしい事など一つもしなかっただろう」

「それは…」

感情が高ぶって声が次第に大きくなるのを止められない。

「俺にはよそよそしかったくせに、円堂とは楽しそうに話して!」

「お前だって、円堂と抱き合ったりしてただろう!可愛いとか言われて、嬉しそうにして!」

「……っ、お前は…豪炎寺は何もわかってない!」

「な…っ!そんな事…」

「好きなら!好きなら…態度や言葉で示してくれないとわからない…っ」

ずっと不安だった。豪炎寺に好かれている確信が持てなかった。一言でも伝えてくれたら。一瞬でも触れてくれたら。

「…鬼道…?」

「…おまえの事が好きなのに、…一緒にいても、不安ばっかり…っ」

目の奥が熱い。鼻がツンとする。ゴーグルをしていてよかった。

「鬼道…」

「…っ、……」

「…俺も、鬼道が好きだ。だから…泣かないでくれ」

「泣いてないっ」

「……すまない、俺の態度が不安にさせたんだな…」

「………」

豪炎寺にゆっくりと肩をさすられる。暫くすると気持ちが少し落ち着いてきた。折角だ、ここでハッキリさせておこう。今後の事を話し合うべきだ。

「何故…俺を見なくなった?俺は何かしたか?お前はどんな付き合い方を望んでいるんだ」

「鬼道は悪くない。…その、…鬼道を見ると、いつもの自分じゃいられなくなる」

「?」

「好きな気持ち…が顔に出てしまう」

「…!」

「どんな付き合いがしたいかと言えば、勿論その…色々したいが、鬼道の気持ちもあるし…」

「い、色々…」

「ああ、だから我慢していたんだが…それが態度に出すぎてしまった。…すまない」

豪炎寺は少し俯いている。俺は、そんな理由で1ヶ月も悩まされていたのか…。

「……わかった」

「?」

「今後は取り敢えず豪炎寺のしたい様にしろ。我慢するな。嫌だったらきちんと言うし、俺も気になる事は伝える様に努める」

「しかし…」

「遠慮するな……俺達は付き合っているんだろう?」

「!…ああ、わかった」

お互いに我慢はよくない。言いたい事を言わなければ、後々喧嘩の元になるだろう。ふと見ると、なにやら豪炎寺が言いたそうにしている。

「……鬼道」

「なんだ?」

「…キス、してもいいか?」

「い、今か!?ここ公道だぞ!?」

「ダメ…か?」

確かに遠慮するなとは言ったが…大体最初は手を繋ぐとかじゃないのか?

「だ、駄目ではないが…その、突然すぎないかっ」

「突然じゃない、ずっと思ってた。鬼道が嫌じゃないなら…」

「…い、嫌とかじゃなく、その…誰かに見られるかもしれないし…」

「今、周りに誰もいないし…俺は見られても別に構わない」

こ、こいつ…

「俺は、構う…っ…!」

「………そうか…ならいい…」

ションボリした様子に俺が悪いみたいな気分になる。俺は悪くない筈だ…。………クソッ。


「……〜っ、わかった…」

「!」




我慢するな、は甘過ぎだった…。近づく豪炎寺の顔にゆっくりと目を閉じながら、自分の発言に早くも後悔の念がよぎった。




END





- ナノ -