絵文字




激しい雨が窓を叩く音で目が覚める。ごうごうと風の音も凄まじい。
これは朝練は休みか、とはボンヤリとした意識の中で思っていた。

案の定、朝練が休みとの連絡がメールで来た。来た……が、これは。


*


「き、鬼道っ!!」

登校してすぐに円堂が来た。俺も行こうと思っていたから丁度いい。

「その様子だとお前にもきたか…」

「ああ、なんか…嬉しいんだけど、でも期待しちゃいけない気がする」

「それが正解だな。多分深い意味はないと思うぞ…」

2人で携帯を見せ合う。豪炎寺からの今日の朝練中止を知らせるメールだ。文章は普通なのだが、タイトルに絵文字が使用されている。"鬼道へ"の後に

赤い、ハート。

円堂のメールも同様だ。名前の後にハートが打ち込まれている。

普通、ハートは好きな相手に付けるものだ。…いや、今時は友人にでも付けるのだろうか?メールに詳しくないのでよくはわからないが、少なくとも嫌いな相手には付けないだろう。

そもそも、豪炎寺はいつも文章も簡潔だし絵文字を使わない。恐らく意味が分かっていない、又は適当に使ったというのが妥当だろう。

それでも、なんだか嬉しくて擽ったい気がする。円堂も同じなのだろう、保護しよっと、などと言っている。

暫くすると当の本人が教室に入ってきた。皆におはようと声を掛けながらこちらに向かってくる。

「円堂、鬼道、おはよう。2人して朝からどうした?」

多分、俺達はかなり微妙な顔をしているのだろう。真意を確かめたくて、円堂がウズウズしているのが分かる。
丁度そこへマックスが通りかかった。

「3人共、おはよ。…あ!豪炎寺、今日のメールあれどういう意味?」

「「!?」」

マックスにも打っていたのか?

「いや、特に意味はないが」

「そうなんだ?なんかちょっと面白かった。豪炎寺が絵文字なんて意外で」

遠くから半田に呼ばれて、じゃあな、とマックスはそのまま行ってしまった。
やはり意味などなかったか…。ああ…円堂が少し肩を落としている。
しかし紛らわしい、なぜ突然絵文字を?

「豪炎寺、メールの絵文字なんだが…」

「ああ、夕香が俺のメールは可愛くないからもっと絵文字を使わないと駄目、と言ってな。だから使ってみた」

「………」

「…だろうな」

予想はしていたが、やはり夕香ちゃんか。もう、完全に言いなりだな。俺が言うのもアレだが、シスコンすぎるんじゃないか。
しかし、誰彼構わずハートを打ったら誤解を招くし、それは俺達的にすごく困る。ライバルがこれ以上増えるのは御免だ。きちんと意味を教えて正しく使わせなければ。

「豪炎寺、ハートは駄目だ」

「そうだっ、紛らわしいぞ!せめてサッカーボールとかにしろよ」

円堂が少し拗ねた様に唇をとがらせる。だから期待するなと言ったんだ。

「いいか、絵文字にはそれぞれ意味があるんだ。キチンとそれを把握して使え。じゃないと相手に誤解が生じる」

「そうなのか?難しいんだな…」

「とにかくハートは駄目だ、絶対使うな」

横で円堂もウンウンと頷いている。

「誰にもか?」

「「誰にもだ!」」

2人に声を揃えて言われてわかったと答えながらも、少し納得のいかない顔をしている。

「どうした、何か言いたそうだな」

「…夕香が…」

「夕香ちゃん、何か言ってたのか?」

円堂が先を促す。

「……特別な人にはハートを使うんだと言っていたんだ。間違ってたのか?」

「「!!」」

「なら、2人には悪い事を…っ?」

「ご、豪炎寺ー!!」

「間違えてない、それでいいんだ」

「??」

抱きつく円堂と喜ぶ俺を見て、豪炎寺は不思議そうな顔をしながらされるがままになっていた。


*


「なあ、マックスにはどんな絵文字送ったんだ?」

ふと円堂が思い出したのか問い掛ける。そうだ、俺もそれは気になる。

「これだが」

豪炎寺が携帯電話で送ったメールを開きこちらに向けるので、円堂と覗き込む。

「名前の後に……非常口?」

「だな。……何故だ?」

「走ってて早そうだったから」

「「………」」

早そう、か。かなり独特な視点で選んでいるな。

「ちなみに、染岡は似てるからドクロにした」

「「!?」」




絵文字は豪炎寺には少し敷居が高い様だ。




END




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