恋とか友情とか いつもまっすぐゴールを見つめる黒い瞳が濡れている。目尻は赤く、瞬きの度に涙がこぼれ睫毛が束になって震えていた。普段無口な豪炎寺の擦れた声が、余計に煽る。しっとりと汗ばんだ肌の弾力、薄く開いた唇、中の絡み付く熱さ。 全てが自分の知る豪炎寺ではなくて、興奮した。 * 今朝の夢を思い出して顔が熱くなる。チームメイトで親友で、尊敬している相手…しかも男。そんな豪炎寺に自分は夢で何て事をしたんだろう。 やけに感触が生々しく、起きた時はすぐに夢と理解できずに困惑した。確認すると案の定身体は反応していて、さらに茫然とする。罪悪感が胸に重い。 昼休み、いつもは豪炎寺と鬼道と屋上で食べていた。食べながら今後の練習メニュー等を話し合う。しかし、今日は出来そうになかった。 朝から豪炎寺を見ると夢を思い出して、とても平静では居られない。 朝練は全く集中できず散々だったし、授業内容もひとつとして憶えていない。 「豪炎寺、今日は用事があるから屋上へは鬼道と2人で行ってくれ」 目を逸らしたまま言うと、心配そうに返される。 「円堂、何かあったのか?今日は朝から様子がおかしい」 「いや…っ、何もない。ホント、何も」 今日は一度も豪炎寺と目を合わせていない。きっと見たら涙に濡れた瞳を思い出してしまう。やけに綺麗な、泣き顔を。 「…わかった」 豪炎寺は少し疑う様にこちらを見ながらも頷いて、屋上へ続く階段へ歩いて行った。あれは納得してない声だ。 どうしたらいいんだろう。相談するにもこんな事誰に?……鬼道に相談してみようか。でも、鬼道は豪炎寺とも仲がいいし、同じチーム内だと逆に気を遣わせるかもしれない。 携帯電話の電話帳を開く。豪炎寺と同じチームじゃなくて、俺の事を外から冷静に見れて、意見をハッキリ言ってくれそうな奴…。決めた! * 「で、なんで俺な訳?」 突然呼び出されたせいか、肘をつきかなり機嫌の悪そうな不動に手を合わせて頼み込む。 「だって頭いいし、人に左右されずにハッキリ答えてくれそうだからさ…頼む!」 「いやいやいや、ないだろ。お前が俺に相談とか訳わかんねえよ。しかも恋愛相談って」 「恋愛!?」 聞き捨てならない単語が出てきた。 「そうだろ。豪炎寺の事を好きかもしんねえって話だろ?」 「ええーっ!?」 「今の話を総合したらそうなるだろ」 ドリンクのストローを氷にザクザクしなが不動が答える。え、好きなの?俺が豪炎寺の事を? 「ま、マジで?」 「いや、知らねえよ」 「だって豪炎寺、男だし…。好き、って普通女子が相手なんじゃないのかよ!」 同性相手に好きとか、今まで考えた事なかった。そんな事あるんだろうか。 「普通は女相手だろうけど、別になくもねぇよ。少数派だろうけどな」 「そうなのか?じゃあ俺、豪炎寺のこと好きなのかな…。ど、どう思う、不動?」 「んなの、わかんねえよ。最近のお前ら見てねえし。夢見たから気になってるだけって可能性もあるだろ」 確かにそうだ。やっぱり不動に相談して正解だ。何だかんだ言いながらもきちんと答えてくれる。 「じゃあさ、もし俺が豪炎寺を好きだとして…うまくいくと思うか?」 「うまく…ねぇ。難しいんじゃねーの?同性相手なだけでかなり厳しいだろ」 「そう、だよな…」 「でも、お前なら何とかしちまうかもな」 不動が楽しそうに呟く。昔より少し優しく笑う様になった。 「ホントか!?」 「諦めないのが取り柄だろ。やってみりゃいいんじゃねーの?まぁ、たまになら相談乗ってやるよ」 「っ不動ー!!」 「ちょ、おま…抱きつくな暑苦しい!やめろ、こらっ、すげぇ見られてる!つか苦しい、マジで!」 引き剥がされて、取り敢えず豪炎寺への気持ちが恋愛感情なのか確かめてこい、と言われてその日は不動と別れた。 * 翌日、やはり豪炎寺とは目を合わせられないまま昼休みを迎えてしまった。 そもそも、恋愛感情かどうか確かめる方法が分からない。不動に聞いておけばよかった。 「円堂」 考え込んでいると突然、背後から呼ばれて条件反射で振り返る。 「!……あ、豪炎寺」 「昼休みだ、屋上いくぞ」 「あ、えっと、今日もちょっと…用事が」 しどろもどろに答えると、豪炎寺に腕を掴まれた。そのまま人気のない所まで連れていかれる。 「あの…豪炎寺?」 「円堂、俺はおまえの気に障る様な事を何かしたか?」 腕は掴まれたまま、真っ直ぐな視線に射抜かれる。久しぶりに見た瞳はやっぱり綺麗だった。 「…考えてみたが何も思い当たらない。気付かない内に俺は何かしただろうか?」 「…いや、豪炎寺は何も」 豪炎寺の瞳から目が離せない。真っ直ぐで真摯でいつも冷静な瞳が、今は不安にゆらゆら揺れている。…もっと色んな表情が見たい。泣き顔とか。 ………あれ? 「円堂に訳も分からず避けられるのは辛い…。理由を教えてくれ」 「えっと…何ていうか」 理由?夢を思い出すから目が見れなくて…。でも今泣き顔見たいって思ったよな。……あ、見たいって思ってたから夢に出たのか?じゃあ、豪炎寺にああいうこともしたいって思ってるのかな、俺。 それって……好きってことじゃないか? 「…円堂?」 黙り込んだ俺を豪炎寺が不安そうに呼ぶ。 「ごめん豪炎寺。今はちょっと答えられない」 「…どうしてだ?何かあるなら言ってくれ」 豪炎寺の瞳が困惑している。困ったらそんな顔もするんだ。 「豪炎寺は悪くない、俺の問題なんだ。少しだけ時間くれないか?」 豪炎寺が好きだって気付いたから。 「少しってどのくらいだ?もう、避けられたりは苦しいんだが…」 「それはもうない。ごめんな、嫌な思いさせて」 好きなんだから、あんな夢見るのも当たり前だよな。まだ思い出してドキドキはするけど、もう避ける程の動揺はない。それに豪炎寺の目もっと見たいし。 「円堂…?」 「うん、屋上行こうぜ!」 「あ、ああ…」 不思議そうな顔の豪炎寺を促して屋上へ向かう。 理由はもう少し待ってくれよな。ちゃんと、絶対伝えるからさ。 * 「やっぱり俺、豪炎寺が好きみたいだ」 電話で不動に報告する。特に驚いた様子もなく返された。 「だろうな。で、どうすんだ?」 「伝えようと思う。やっぱ隠してんのとか落ち着かないんだよなー!」 「何だ、随分スッキリしたみたいじゃねぇか」 「ああ、何か好きだって解ったら全部納得しちゃって。好きだからあんな夢見たんだなあって」 「欲求不満なだけだろ」 「ち、違うって…多分」 少し焦って答える。不動は何でもお見通しなんだよなぁ。恥ずかしい。 「で、俺はまだ必要か?」 「勿論!相談っていうか、たまに話聞いてくれよ」 携帯の向こうからチッと舌打ちが聞こえてきた。 「面倒くせぇ。…惚気たら承知しねぇからな」 「ああ、ありがとな!不動に相談して本当に良かった!」 「あっそ、……じゃ切るぞ」 素っ気ない態度は照れ隠しだ。わかりやすくて笑ってしまう。 「不動!豪炎寺とは違うやつだけどさ、お前の事もすっげー好きだぜ!」 「はぁ?何言ってんだ、気持ち悪ぃ」 「また、電話するからな!」 「ああ……、」 最後の最後に小さく、俺も別に嫌いじゃねぇよ、と聞こえ通話は切れた。通話が終了した携帯をまじまじと見つめる。 ……なにこれ、すっげー嬉しいんだけど。 豪炎寺にフラれたら、不動を誘って河川敷でサッカーしよう。 沢山話して、シュートも受けて、泣いて、そんで慰めてもらおう! やけに晴れやかな気分で、携帯を閉じた。 END ←→ |