欲しがって




鬼道は相手を欲しいと思う、そんな自分を恥じている。


幼い頃から複雑な環境に身を置き、自然と欲しがることを抑制してきた事と、やや潔癖な部分が影響しているのかもしれない。欲しがってはいけないと自身を律している。

恋愛に関してはそれが顕著で、特に、触れられたい等の性的感情を抱く自分を嫌悪している感がある。それが納得いかなかった。

欲しがればいい。

その感情は決して悪いものではないのだと教えたかった。


*


学校も部活も明日は休みだという金曜日。
父も妹も家に居ないから泊まりに来ないかと鬼道を誘う。言葉の意味を察して頬を赤くしながらも、鬼道はああ、と頷いた。



思ったより早く鬼道は来た。手土産を欠かさないのは流石と言うべきか。

2人で一緒に晩ご飯を食べた後、居間でソファーに座ってテレビを観る。
鬼道に視線をやると丁度ぱちりと目が合った。焦ったように顔を背けてテレビをみる鬼道の頬は既に赤く色付いている。

「…顔が赤い。期待しているのか?」

「な、何をっ…」

抗議する鬼道のゴーグルをゆっくり外してテーブルへ置き、顕になった目蓋へ唇を寄せる。

一気に空気が濃密なものへと変わった。

「ご、豪炎寺…っ」

「嫌か?」

ソファーにやんわり押しつけて、乗り上げる。右目、左目とくちづけて、額や鼻にも掠めて。唇は敢えて避けて、頬から口元、顎へと移動させた。

「……駄目だ、まだ風呂に入ってない…から」

両手を突っ張り弱々しく身体を押し返される。そんな潤んだ瞳で言われても説得力がない。

いつもの自分なら構わずこのままベッドへ、という流れだ。鬼道も口では駄目と言いながらも、結局はそれを求めているフシがある。

鬼道の上から身体を起こすと、不思議そうな顔をされた。続きをしないのか?と表情が言っていた。

期待に染まった瞳に気付かないフリをしながら声を掛ける。

「風呂場の場所はわかるな?もう沸かしてあるから、先に入って来るといい」

「そ、そうか…助かる」


*


「いいお湯だった」

先に入らせて貰って悪いな、とバスタオルで髪を拭きながら鬼道が戻ってきた。

「気にするな、じゃあ俺も入ってくる」

「ああ。……これは?」

「お前の分の布団を敷いておいた。眠いなら先に寝ててもいいぞ」

「あ、ああ…でも」

いつもなら一緒に寝るのに、と思っているのだろう。

「どうした?」

「…いや、何でもない」

まただ。何か言い淀んで、その後に苦しそうな表情をする。一緒がいい、と思った自分を恥じているのだ。

今日は鬼道が自分から強く望むまで、触れるつもりはなかった。欲しがる事、甘える事は決して悪くないと知ってほしい。



風呂から戻ると、鬼道はまだ起きてテレビを観ていた。

「寝ていても良かったのに」

「まだ眠くなかったんだ」

「そうか」

「……」

鬼道の顔が火照っている。俯いた表情は読めないが、身体に灯った欲望はまだ燻ったままなのだろう。ぎゅっと握った手が僅かに震えている。

「鬼道、湯冷めするぞ?布団に入れ」

「……っ」

「もうそろそろ寝るか。電気消すぞ?」

「…っあ、…その」

「何だ?」

縋るようにこちらを見る潤んだ瞳が、欲望でゆらゆら揺れている。何か言いかけている唇が半開きで、濡れてやけに艶っぽい。

「……ご、豪炎寺…その…」

「何だ?」

言わなくても雰囲気や瞳で先程の続きをして欲しいのだと分かる。けれど、ちゃんと言葉で求められない限り抱くつもりはなかった。

「…ごう、えんじ…っ」

「…ん?」

服の裾をクイと引かれ、見れば鬼道の指先が緩く引っ掛けられていた。

「……っわかる…だろう…」

「何がだ?」

「…っ…!……どう…して…」

羞恥と困惑で押しつぶされそうな鬼道を、ただ黙って見つめた。本当ならもう抱き締めて、口づけている。

「何か言いたい事があるのか?」

「……っ」

熱い身体を持て余して、自身を抱き締め堪えている。力の込められた指先が白い。

「………っ、…何でも…ないっ」

のろのろと布団の中に入る鬼道を見て、切なくなった。そんなに我慢して"欲しい"の一言が何故言えないんだ。


……促しても言わないなら、もう無理に言わせるしかない。自分の本音と向き合わなければ、いつまでたっても鬼道は自分自身を嫌いなままだ。

「…鬼道」

「何だ、……っ?!」

掛け布団を剥ぎ、上に跨る。左手で両腕を纏め抵抗出来ない様に上方で押さえた。赤い双眸が見開かれたのを無視して唇を奪う。

「んん、…っン…!」

息継ぎも許さない、激しい口づけに鬼道は身体を捻って逃れようとする。右手で胸を撫で上げるとビクンと背筋が跳ねた。既に硬くなっている突起を集中的に責める。

「…っ!…は…、っん」

息が苦しいのか、抵抗が激しくなる。唇を解放すると荒く息をしながら怒りの声をぶつけられた。

「一体何なんだ!…いちいちお前の気分に付き合っていられないっ!」

「こうされたかったんだろ?誘ってきたのは鬼道だ」

わざと怒りを煽るように続ける。

「!?…何を…」

「口では言わない癖に目は正直だな。ヤりたいのがすぐわかる」

「やめ…ろっ…!」

「違うか?身体は反応しているが」

鬼道の下肢に手を伸ばせば、案の定すでに反応している。そのまま手をすべらせて、布地の上から後孔をなぞるとビクンと身体が揺れた。

「ここに、欲しいんだろう?」

「や、やめ…っ」

「正直に言ったらどうだ、ここに挿れて下さいって」


「…っやめろ、違うっ!そんな…っ…汚らわしい事、俺は思っていない!」


やはり自分の感情を嫌悪して認めていないのだ。汚らわしい、だなんて。

「……なら、全部俺のせいか」

「…え…?」

「キスもセックスも、俺がしたがるから付き合ってやってたって?」

自分の欲望を認められないなら、俺の欲望はどうなんだ?

「…あ……、ちが…」

「汚らわしいとか思いながら、俺に合わせてたのか」

「……っ、そんな」

「なら、それをしたいと思う俺は……鬼道には随分と醜く映っただろうな」

「ちがう…豪炎寺、違うっ」

鬼道の上から退け、少し距離をとった。首を振りカタカタ震える鬼道を見て、あと少しだと決定的な言葉を告げる。

「……もう、終わりにしよう」

「…え……?」

「ずっと思っていた。鬼道は俺が好きなんじゃない、優しいから断れなかっただけだろう?嫌なのに抱かれてまで」

「ま、待ってくれ…違う…」

「もう、嫌がる様な事は一切しない。今まで悪かったな」

「……っ…」

「悪かったな、もう寝よう。…電気消すぞ」

鬼道の言葉を待たずに電気を消す。暗い闇の中、布の擦れる音で相手の気配感じる。静まり返った部屋に、小さくて擦れた声が聞こえた。



「……豪炎寺が…好きだ…」



返事をせずに聞いていた。鬼道は途切れ途切れに言葉を繋げて、なんとか話している。

「キスも…触られるのもっ……嫌じゃない…。好き……で」

「……」

「豪炎寺を汚らわしい…とか、思ってない…。俺が…色々して欲しくて、そんな自分が……嫌…だから」

「……」

「こんな…醜い感情を俺は……お前に…向けてっ…」

自己嫌悪で泣きそうな鬼道をやんわりと抱き寄せる。驚きで揺れた背中を宥める様にさする。

「…人を好きになったら、相手に色々したい、されたいと思うのは当たり前だ。醜くない」

「…っでも…」

「鬼道、我慢するな。好きとか欲しいとか、もっと言っていいんだ。別に恥ずかしい事じゃないし、その方が俺は嬉しい」

「っ…嬉しい…のか?」

「ああ。じゃないと俺ばっかりが鬼道を好きみたいで哀しい」

「…そう、なのか」

徐々に落ち着きを取り戻した鬼道が、確かめる様に俺を見た。

「ああ。俺だけが…鬼道を欲しいのかと思ってしまう。…鬼道はどうなんだ?」

「…っ…、俺だって…欲し…い」

「なら…今から確かめてもいいか?」

我慢の限界だ。スルリと服の中に手を入れ脇腹を撫でると、熱い息を洩らして頷く。

「……構わない…」

「……もっと、どうして欲しいか言ってくれ」

促すと、暗闇と愛撫が手伝ってか少しずつ溶ける様に本音をくれた。

「…っあ、…豪炎寺、気持ち良くして…欲し、い」

「…他には?」

「は…ぁ、手を…繋いで…て…」

「…っ……後は?」

「ん…、いっぱい、何回も…してくれ…。…豪炎寺とするの、すごい…好き…っ」

「……っ…!」



…随分とたくさんの本音を隠していた様だ。
期待に応える為に、手を取り指を絡めるとゆっくりと深く口付けた。



END




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