本番のキス




あの日以来、円堂と色々な場所でキスをした。

放課後の教室、夕方の河川敷、鉄塔広場のベンチ。円堂はいつも突然したがって、俺はそのたび少し焦った。周りに誰かいないか確かめてから目を閉じる。

首を傾けて唇を合わせる。薄く口を開き、角度を変えて何度も。慣れてきてからは舌も触れ合わせた。
俺は円堂からされるままに受け止めるだけ。そういうルールだ。気持ちが高ぶって、密着した身体がお互いに反応しているのに気付いても、円堂はそれ以上何もしなかった。

多分必要ないんだろう。これは、円堂が近い将来付き合う相手にするキスの練習だ。女子にこんな反応する器官はないし、だから処理する必要もない。自分とはただの練習なのだ。

円堂は随分キスに慣れた。もうそろそろ、練習は卒業していい頃だ。




「…っ…ん…、……はぁ」

「……っ、ごう…えんじ…っ」

今日も、円堂と体育用具室でキスをしていた。寄りかかった跳び箱がガタンと音を立てる。僅かな水音と吐息が響いた。
唇を離すと、まだ息の整わない円堂からいつもの様に感想を聞かれる。

「豪炎寺、どうだった…?」

いつもは決まって普通だ、とだけ答えていた。けれど今日は正直に伝えたい。最後だから。もう、この関係は今日で終わらせるつもりで来たのだ。

「ああ、気持ち…良かった…」

「本当か!?…初めてだな、そう言ってくれたの!」

照れながら嬉しそうに笑う顔は屈託がなくて。目を逸らして言葉を続ける。

「上手くなった。…もう合格だな」

「え…?」

「いつ彼女が出来ても大丈夫だ。俺が保証する。…だから、練習はもうやめよう」

円堂がポカンとしている。そんなに驚くことないだろう。

「何で…?」

「これだけ出来れば、もう必要ないだろ」

「俺とするの嫌になったのか?」

「男同士なんだ、当り前だろ」

最近、円堂とキスすると胸が苦しくなる。自分はただの練習相手だと思うと更に激しく痛んだ。もう誤魔化せない。

円堂が好きだ

練習とか言ってるうちに本気になってしまうなんて、本当に馬鹿だ。

「じゃあ、もう俺とはキスしないって事か?」

「ああ」

「……練習は終わり…」

「円堂…?」

「……」

円堂は黙り込んでしまった。眉間に皺を寄せて何か考え込んでいたが、決意したように顔を上げた。

「じゃあさ、違うやつ試していい?」

「何を…」

「本番のキス」

答える前に腕を掴まれ口付けられた。

「…っ、ん…円、堂…っ?やめ…」

「いいから」

唇を強く押し付けられた。反論しようと開いた口から舌を入れられる。今までの探る様なキスとは違う。奪い取る様な勢いに思わず首が反った。息継ぎも許さないとばかりに激しく吸われる。

キスに気を取られているうちに、後頭部にあった手が身体に触れる。首筋から肩へ、襟を辿って胸元へ。更に下へ。背筋がぞくりとした。こんな触り方はされた事がない。これは…

「…っやめろ…!!」

「…っ!……豪、炎寺?」

ギリギリの理性で円堂を突き飛ばす。こいつ、なに考えてる!

「ふざけるな!」

「ふざけてなんか…」

「じゃあ何だ!?」

「っ…本番だって言っただろ!」

「本番の練習か?いい加減にしろ、俺を振り回すな!」

あれは恋人への、好きな相手への触り方だ。優しくて、でも深く求めてる。一線を越えたいと手の動きが伝えていた。

キスでも辛いのに、その先なんて無理だ。それを…人の気も知らないで。1発ぶん殴ってやろうか。

「だって…練習は終わりとか言うから…。何でだよ…っ、豪炎寺が…っ!!」

「俺が何だ…!」




「豪炎寺が好きなのにっ!」




「…な…に…?」

今何て言った?俺が好き…?

「なんで、だよっ!俺が…嫌なんだったら、もっと本気で拒否してくれないと期待しちゃうだろ…っ!」

「円…堂…?」

「あんな沢山キスしたのに嫌とか…今頃言われたらっ…、じゃあ何で…最初に許したりしたんだよ…っ!」

「そ、それは…練習だって…お前が…」

「練習なんて口実に決まってるだろ!…っ男と…キスの練習なんて…俺、出来ないよ……っ。好き…じゃなきゃ……無理…っ」

円堂の大きな瞳から涙がこぼれた。次から次へと止まらない。隠す様に何度も手で目元を拭っている。

「…ふ、…う…っ」

「……おい…あまり手で擦るな。赤くなってる」

「っ同情…するなっ!嫌なのは…分かった、から…っもう1人にしてくれよ!」

「…円堂…」

「もう2度と豪炎寺にキスしたりしない…からっ」

「円堂」

「だからもう…、…っ?!」

これ以上泣かせたくなくて、話の途中で唇を塞ぐ。円堂の身体が揺れた。背中へ手を回し、宥めるように触れる。ゆっくりと舌を絡めると、一瞬動揺した様に震えたが次第にぎこちなく応えてくる。



唇を離した時には円堂の涙は止まっていた。困惑した瞳が揺れている。

「なん…で?」

「お前が好き…だからだ」

涙の跡を指で拭ってやる。泣き顔も好きだ、とか思いながら。

「豪炎寺、さっきもう俺とは嫌だって…」

「練習台はもう嫌だ、って意味だ」

「そう…なのか?」

「ああ」

「……ホントか!?じゃあ、豪炎寺も俺の事…好きなのか?」

ついさっきまで泣いていたのに、すぐに笑顔になる。円堂らしい。

「ああ…好きだ」

「じゃあ俺達、両想い?」

「…そうなるな」

「ならさ、……えっと…」

円堂が何か言いたそうにしている。手を取られて真剣に見つめられた。

「おれ、全部豪炎寺としたいんだ。練習のキスも、本番のキスも…その先のヤツも…。だから…っ」

手が腰に回される。身体を押しつけられると、円堂のが反応しているのがハッキリわかる。

「ちょ、ちょっと待て!」

引き寄せられた身体を手で突っ張り距離を取る。いくら何でもそれは…突然過ぎる。

「…さっきの続き、したい…。駄目か?」

「……っ、心の準備が…あるから」

「んー…、じゃあキスしてる間に準備しててくれよ……な?」

「!?」




無邪気で強引で、少しズルい。やっぱり俺は円堂にはかなわないのだ。



END





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