練習のキス




「豪炎寺、キスした事ある?」

突然そんな事を聞かれたのは、俺の部屋で宿題をしていた時だった。

「は?」

「だからキス!した事あるかって」

驚いた。正直、円堂は恋愛関係はかなり疎いと感じていたし、興味もないんだと思っていた。

「いきなりだな。そうだな、俺はある」

夕香に頬へだが。何だか、ないと言うのは悔しいし円堂の反応を見てみたい。

「あー、やっぱりな!豪炎寺モテるもんな。木戸川の時も彼女とかいたんだろ?」

「いや、そんな事は」

マズい、相手が夕香だと言い出しにくい雰囲気になってきた。暫く、ふーんとかへーとか言っていた円堂がジッとこちらを見ている。

「な、なんだ…」

「じゃあさ、練習させてよ」

「え?」

突然腕を取られて押し倒された。持っていたペンがカーペットに転がる。

「俺したことないんだけど、彼女出来た時とか困るし練習したい」

「ちょっと待て!練習とかするものじゃないだろ。大体俺は男だ」

「女子相手に練習なんて出来ないだろ?なぁ、だめ?」

「当たり前だ!」

何を言ってるんだ、こいつは!しかも抑えられた腕が動かせない。相変わらずの馬鹿力だ。

「豪炎寺は何もしなくていいからさ」

「は?」

「俺はされたいんじゃなく、したいんだ。だから豪炎寺は黙ってるだけでいい。頼む!」

「馬鹿、何言ってる…いい加減上から退けろ!」

「嫌だ。豪炎寺は経験した事あるからいいだろうけど、俺はないし」

「円堂、ふざけ…っ」

話してる途中で強引に唇をぶつけられた。ガチ、と歯が当たったが円堂はそのまま口を離さない。ただ押しあてるだけのキス。

「………っ」

随分長く感じた。ようやく唇を離した円堂に文句の一つも言おうとしたが、何も言えなかった。…こんな切ない表情の円堂見たことない。ドクンと心臓が跳ねた。

「豪炎寺。もっかい、いい?」

「…っだめ…だ」

「……ごめん」

今度は少し角度をつけて口付けられる。歯はもうぶつからなかった。抑えられていた腕はいつの間にか離され、代わりに指と指とが絡められている。ぼんやりと、恋人繋ぎだ…と思った。

軽く離してから、また触れて。ちゅ、と離れる時に音がする。薄く目を開けると、顔を赤く染めた円堂と目が合う。恥ずかしさからすぐに目を閉じると、またキスされた。角度を変えて何度も何度も。身体から力が抜ける。何も考えられない。キスの合間に円堂が聞いてくる。

「豪炎寺、キスって…これでいい…のか?」

「人に…よるだろっ」

そんなの俺だって分からない。繰り返すうちにお互い息が苦しくなり、漸く唇を離す。

「……っ、はあ、は」

「気が…済んだかっ」

「唇って男でも柔らかいんだな。くっつけるだけで、気持ち良い」

「っもう、するなよ」

お互いに息が荒い。唇も赤くてなんだか変な雰囲気だ。円堂の欲を映した瞳に見つめられると落ち着かない。

「なあ、どうだった?」

「どう、って普通だ。取り敢えず上から退けてくれ、重い」

「あ、悪い!……気持ち良かったか?」

「ふ、普通だっ」

頭がボーッとして、ふわふわして。あれが気持ち良いって事なんだろうか。

「普通かー。ま、最初はそんなもんだよな!」

「…最初?」

嫌な予感がする。

「これから繰り返して上手くなればいいし。…な!」

「繰り返してって、お前、俺はもうしないぞ!?」

「何で?…豪炎寺は俺が練習相手じゃ嫌か?」

「い、嫌とかいう問題じゃ…」

「俺は豪炎寺がいい。…だから…頼むよ」

捨てられた仔犬みたいな目のせいで強く拒否できない。手を握られて引き寄せられる。円堂は俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。…俺の負けだ。

「……っ、たまに…なら」

「やった!サンキューな!」

パッと手を離し、円堂は嬉しそうに笑った。

練習、という言葉で痛む胸に気付かないフリをしながら。ああ、円堂にはかなわないと天井を仰いだ。



END





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