我が儘




鬼道と付き合い始めて3ヶ月。

付き合ってみて分かったが、鬼道はかなり我が儘だ。帝国時代、かなりチヤホヤされていたのだろう。雷門の皆の前では微塵も見せないが、2人きりのときはまるで女王様だ。

最初は、ここに行きたいとか、あれが欲しいとか、小さなものだった。しかし付き合うにつれ、それはどんどんエスカレートした。それでも俺は、無理をしてでも言う事を聞いてきた。鬼道が好きだったし、なにより優等生の鬼道が自分にだけ我が儘を言うのが少し嬉しかったのもある。

だが、最近の我が儘はちょっとひどいように思う。

今日も屋上に呼び出され、予定がすでに入っている日を空けろと言われた。今回ばかりは聞いてやれない。すでに約束があると答えると

「俺が好きなんじゃないのか?…佐久間あたりなら喜んで空けるだろう」

と返された。他の男と比べるなんて、いくら何でも酷くないだろうか。

「本当に悪いと思っている。だが先月から約束していて、夕香もとても楽しみにしているんだ」

できるだけやんわり断ろうとしたが逆効果だった。鬼道は俺を激しく責め、仕舞いには

「源田は自分より俺を優先してくれていたぞ。少しは見習ったらどうだ?」

と見下すように言ってきた。あまりの言われように、今までずっと我慢してきた不満が爆発する。俺が悪いのか?先約を優先するのは当然だろう。何でこんな事を言われなければいけない!

「まあ、それなら仕方ない…」

「なら、佐久間か源田と付き合えばいいだろう」

「…え…?」

「別れよう。もう限界だ」

ああ、鬼道のこんなに驚いた顔なんて久しぶりに見た。告白した時以来だな。

「ご、豪炎寺…突然何を言っている…。つまらん冗談は…」

「冗談じゃない。鬼道には俺じゃなくて、もっと優しい何でも言う事きいてくれる、そんな男が合ってるみたいだからな」

鬼道がハッと表情を変えた。自分の失言が俺を怒らせたと気付いた様だ。

「ほ、ほう。貴様…後悔するぞ?あ、謝るなら今のうちだ。今ならまだ…許してやらん事も…」

「ああ、ここで佐久間や源田なら謝るのか。生憎、俺はあいつらとは違う。期待はずれで悪かったな」

「…っ、待て…違うっ。さっきのはそんな意味じゃ…」

なんでそんなに狼狽えているんだ?さっきまでの女王様はどこいった。あんなに傍若無人に振る舞っていたのに。

「悪いがもう付き合いきれない」

「…っ嘘だ…」

戸惑う鬼道の表情なんて滅多に見れないから、余計に酷く当たってしまう。

「嘘じゃない。……これからはただのチームメイトに戻ろう。出来ればサッカーでは公私混同はしないでほしい」

「本気か!?…い、嫌だ、待て…っ。違うんだ、豪炎寺きちんと話を」

鬼道がこちらに手を伸ばしてきたが、それを軽く払う。傷付いた表情に少し罪悪感を覚えるが、許す気にはなれない。

「悪いが先に教室に戻る」

ずっと溜まっていた不満をぶつけて鬼道に背を向けた。屋上の出口のドアに手をかけたとき、鬼道の声が響いた

「……っ行く、な!行かないで…くれ。ご…えんっ、じっ、…待っ…て」

声がおかしい。まさかと振り向くと鬼道が泣いていた。赤い瞳からはポロポロと涙がこぼれて、屋上の床に跡を残している。

泣いてる鬼道なんて初めて見た。

「っご…え…っじっ、違っ、…嫌だ、別れ……たくな…いっ」

あのプライドの高い鬼道が、しゃくりあげながら泣いている。

「…鬼道…おまえ」

「っ…ごめっ…な、さ……。もう…わがま…ま、言わない…っ、から…」

泣いてる所為で舌足らずな口調になっている。赤い目元。大粒の涙。頬を擦る腕。見ていたら、あんなに怒っていた気持ちが嘘の様に消えた。可愛い。いとおしい。

「鬼道、もういい」

「…っや、だ…!別れ…たくない…っ。そん…なっ…つもり…じゃ…なか…っ…」

必死な鬼道があまりにも可愛いくて、泣き止ませたくて、引き寄せて抱き締める。力をこめるとビクリと震え、しかしおずおずと背に手を回してきた。

「…ご、え…んじ…?」

「悪かった。こんな泣かせるつもりじゃなかったんだ。別れたいなんて本気で思ってない。ただ、他の男の名前なんて出すから…ついカッとなって」

背中を撫でながら暫く抱き締めていると、落ち着いたのか鬼道がゆっくり話しはじめた。

「…俺と、別れ…ない?」

「ああ、別れない」

「俺の事、嫌い…になって…ない…か?」

「なってない」

「…まだ…好き…か?」

「好きだ」

「こんな…我が儘、なのに…?」

「ああ、なのに、だ」



そうか…と答えて嬉しそうにはにかむ顔を見て、ああこの表情にはかなわないな、と思った。

しばらくすると腕の中から小さな声で「…我が儘はもうやめる……」と聞こえてきた。本当に可愛い。



*



「その…予定の事なんだが」

「ああ、夕香ちゃんと出掛けるんだろう?」

「いいのか?」

「当たり前だろう」

「しかしさっきは…」

「豪炎寺を試しただけだ。夕香ちゃんに悲しい思いをさせる訳ないだろう。妹は何よりも大切だからな!」

「…………」




END




- ナノ -