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あの侵入者が豪炎寺かもしれないと思った日から、妙に意識してしまう。

綺麗に箸を持つ長い指が、自分に触れたのだろうか。水道から水を飲むその唇で、首筋や肩にキスしたのだろうか。
豪炎寺どころか、仕草やパーツまで気になって見てしまう始末だ。

豪炎寺を見れば見る程、何だか恥ずかしくなる。あの身体に抱かれたのだと思うと、今までされた行為が鮮明に思い出された。

あの日以来、豪炎寺は練習中もちょくちょく様子を見にきてくれる。
足の怪我については、1週間は練習はしない様に担当医から言い渡されており、ほとんど見学しているだけなのだが、わざわざ駆け寄ってきては「大丈夫か」と頻繁に聞いてくる豪炎寺が少し可笑しかった。
自分のせいで怪我をさせたと気にしているのかもしれない。

「鬼道、大丈夫か?」

「……ああ」

今までなら、心配いらないから練習に戻れと言っている所だが、もうまともに豪炎寺を見られない。

「鬼道、具合が悪いのか?顔が赤いぞ」

「……っ平気、だ」

こんな受け答えでは、返って心配させてしまう。けれど、心配して貰えるのは……嬉しい。

「もう、今日の練習は終わるが、宿舎へ戻るか?肩を貸すぞ」

「ああ、すまない」

手を取られて、肩に回された。背を支えられながらゆっくりと歩き出す。
豪炎寺に触られた所が熱い。

「また、皆から見えなくなったらお姫様抱っこしてやろうか?」

からかうように笑う豪炎寺が、眩しい。

「なら、頼む」

「え……?まあ構わないが、恥ずかしいんじゃなかったのか?」

「皆から見えないなら、別にいい」

2人だけの、秘密。

「そうか。……もしかして歩くの辛いか?」

確かにまだ足に体重をかけると痛い。けれどそれ以上に、豪炎寺と一緒にいたい。近くに、傍に、触れていたい。

心配そうな豪炎寺に首を振りながら、大丈夫だと笑う。そしてふと思い出した。
そう言えば、ずっと聞きたかった事があるのだ。2人きりの今なら聞けるかもしれない。

「なあ」

「ん?」

「豪炎寺は、好きな人はいるのか?」

「は?また随分と唐突だな」

驚きで目を瞬かせる豪炎寺を無視して、話を続ける。

「別に良いだろう。いるのか?」

「……まあ、いなくもない」


ドキドキ、する。


「どんな人だ?」

「そうだな。可愛いくて、でも少し我儘だ。この間も一緒に宿題をしたんだが、自分から言い出したくせに途中で寝てしまってな。でもそこがまた可愛い………、鬼道?」

「もう、いい」

聞かなきゃよかったと後悔した。豪炎寺とは一緒に宿題なんてした事がない。少しでも期待していた自分が死ぬほど恥ずかしい。
きっと、可愛いお似合いの彼女でもいるのだろう。

ズキリ、と胸が痛む。

「どうした、顔色が悪い」

「もう放してくれ。後は1人で帰れる」

「いや、まだ鬼道の部屋までは遠いだろう」

「自分で帰れる。悪かったな、付き合わせて。もう、練習後はわざわざ送ってくれなくていい」

他に好きな人がいるのに、どうして抱いたんだ?わざわざ、犯罪まがいのマネまでして。
できるだけ怪我した方に力を掛けない様に、よろよろと豪炎寺と距離をとる。
突然態度が急変した俺に、豪炎寺が不思議そうな顔を向けた。

「鬼道、何か怒ってるのか?」

「まさか。怒る理由がない」

分かってる。俺が勝手に好きになって、嫉妬してるだけだ。いつもなら、もっと上手く隠し通せるのに、今日に限ってはとても難しく感じる。

「だが、声や態度がおかしい」

「ちょっと体調が悪くて苛々してるんだ、すまない」

「調子が悪いなら、尚更1人では帰せない」

「こんな所で油売ってないで、早くその好きな人とやらに会いに行ってやるといい」

こんな言い方はおかしい。絶対変に思われる。どうして、もっと普通に対処出来ないのだろう。豪炎寺に嫌なところばかり見られてしまう。

「いや、今日は帰る予定じゃない」

「帰る?」

平然と答える豪炎寺に視線を向ければ、当然といった様子で。

「洗濯物は明後日に取りに行くつもりだから、今日は特に帰宅の予定はない」

「まさか、お前の好きな人って……」

「夕香の事だが」

脱力感で膝から崩れ落ちそうになった。
そうだった、豪炎寺は妹を溺愛している。入院していた期間の反動もあるのか、夕香ちゃんをひどく可愛いがっていた。

「夕香が初めて宿題を教えてくれと言ってきた時は、嬉しくてな」

思い出しながら語る幸せそうな表情に、怒りを通り越して呆れてしまう。
そんな意味で好きな人について聞いたんじゃない事くらい分かるだろう。いくらなんでも鈍感すぎないか?それとも、わざとはぐらかされているのか?

「……豪炎寺」

「何だ?」

「夕香ちゃんとお幸せに」

「突然どうした?」

どうしたもこうしたもない。もうこれ以上追求する気にもならない。

「もういい」

「鬼道?」

鈍いならどうしようもないし、意図的に話を逸らされたなら答えては貰えないだろう。けれど、少しくらいは俺を意識して欲しかった。

「俺はいる」

「何がだ?」

「好きな人、だ」

敢えて、恋愛対象なのだというニュアンスで話す。親友に相談するフリをして、反応を見たかった。

「!?」

「お前にもいつか相談に乗ってもらうかもな」

「あ、ああ…」

戸惑った様子の豪炎寺に、少しだけ溜飲が下がった。
馬鹿な事を言っている自覚はある。好きなのは夜中に気紛れに訪れる───おそらく、目の前にいる豪炎寺なのに。

「本当に、好きなんだ……」

「鬼道にそんな相手がいるなんて思わなかった。意外で、その…上手く言葉に出来ないが」

豪炎寺が、俺に想う相手がいると知って動揺しているのが、嬉しい。もっと、そんなお前が見たい。

「応援してくれたら嬉しい。上手くいく様に祈ってくれるか?」

「相手は俺の知ってる奴か?」

「ああ、知ってる」

知ってると答えたのは、もっと豪炎寺が取り乱すかと思ったからで。けれど、豪炎寺の演技は完璧だった。

「そうか、頑張れよ」

「……ああ」

頑張れよ、なんて。

豪炎寺はきっと俺に正体を明かすつもりはないのだ。だから、こうして頑なに親友としての態度を崩さない。ずっと夜にだけ、暗闇の中でだけ抱くつもりなのだろう。始まりが強姦まがいの行為だった事も手伝っているに違いなかった。


心がざわざわする。


豪炎寺は俺に「頑張れ」と言った。好きな相手にそんな事言うだろうか?


……俺が好きだから抱いているわけじゃない?


ただの性欲処理目的で、けれど手荒にするとサッカーに支障が出るから優しくしただけなのか?俺が勘違いして、大事にされてると思い込んで好きになってしまった?

部屋まで送ってもらい、適当に言葉を交わして別れた。
豪炎寺の気持ちが全然分からない。きっと夜中訪れた時に俺を好きなのかと聞いても答えては貰えない。確かめる術がないこの恋は、行き止まりだ。

豪炎寺は昼間は親友で、夜は侵入者で。どちらの豪炎寺も、俺の気持ちを受け入れてくれる気配がない。これ以上の関係は望めない。

考えれば考えるほど、この恋は叶わない気がした。豪炎寺のはっきりとした気持ちが確認出来ないため、胸の中がもやもやとしてずっと苦しい。


好きじゃないなら、優しくなんてしないで欲しいのに。


ベッドに横になりながらぼんやりと、今夜は来てくれるだろうか、と期待している自分が哀れに感じた。








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