*



1週間もしないうちに、自分がどれだけ甘かったのか思い知ることになった。よく考えてみれば、上手く事が運んだのに相手が1回限りでやめる筈がない。

あの日からは警戒して、出来るだけ夜も起きて過ごす様にしていたが、それにも限界があった。
むしろ何日も続く緊張と睡眠不足のせいで、とうとう深くまで眠ってしまい、気が付けばまた手の自由と視界を奪われて目覚めた。

「きさ、ま……っ」

すぐに口にも布を噛ませられ、言葉も封じられる。

ああ、また無理矢理犯されるのだ。

身体を這う手に、先日の痛みと恐怖を思い出し身体が引きつる。抑えようとしても身体は震えて、立てられた膝がガクガクした。

怖い。

拒否反応からか全身に鳥肌が立って止まない。ふと、身体を探っていた筈の手が突然頬に当たった。

「っ…!」

殴られたり髪を掴まれたりするのではと反射的に固く目を瞑る。けれど、いつまでたってもその衝撃は訪れなかった。
頬に触れた手はゆっくりと、震えを宥めるように動く。するすると優しく滑る感触に困惑していると、そのまま頭を撫でたり肩をさすったりと、まるで労るかの様にその手は触れてきた。
最初の時とは全く違う扱いに、身体も思考も混乱する。

一体何のつもりだ。強姦魔のくせに優しいフリなんて、今更こんな事をされても許すつもりはない。

「……っ!」

今出来る精一杯で、手を避ける様に顔を背けると、顎を掴まれやや強引に前を向かせられる。
あからさまな拒絶が気に障ったかと身構えていると、突然額に温かな感触が落ちてきた。離れる時の微かに響くリップ音でそれが唇だと気付く。



狂ってる。



無理矢理拘束して自由を奪って、なのに慈しむ様に扱うなんて歪みきっている。

手がそろそろと身体に触れ、両胸の突起を探り当てた。布越しに同時に与えられる刺激に、思わず呻き声が洩れてしまう。

「……ンッ、ふ……ぅ、ん、ん!」

爪でかりかりと引っ掻かれる感触が、布と擦れる刺激と相まってじんわりと腰に響く。

どうして。そんな触り方をせず、もっと乱暴にこの間みたいにすればいい。こんなふうにされたら、どんなに嫌でも勝手に身体が感じてしまう。

「ん、……っん!う」

胸の敏感な部分ばかりを押しつぶしたり摘まれたりと責められ、触られてもいないのに下腹部に熱が集まる。

嫌だ。無理に愛撫を施されているのに感じるなんて、こんな自分知りたくなかった。

「っん…っ」


壊れる。


身体だけじゃなく、心まで屈服させられてしまう。プライドが、心が折れる。

胸から移動した手が、そっと中心に触れた。すでに反応しているそこを、愛しそうに撫で上げられ、腰が意図せず揺れる。

もう、身体が自分の思惑とは裏腹に、刺激を欲してしまっている。
もともと自分ですら必要な時に処理する程度で、こんな熱を煽り、快感を引き摺り出す様な感覚は初めてで。
未知の快楽を求める身体が、意志を裏切る。

スウェットと下着を脱がそうとする相手の動きに合わせて、無意識に腰が浮いた。あっさりと衣類は足から引き抜かれ、外気に曝された下半身が少し肌寒く震えてしまう。
寒さと羞恥から両脚をぴったりと合わせて縮こませていると、膝や脛に、ちゅっという音と共に柔らかな感触がする。

何度も何度も。

繰り返されるそのキスの感触や仕草で、相手の意志が分かってしまった。
俺に許可を求めているのだ。


怖がらずに脚を開いて。無理にはしない、優しくするから──と。


今更、何を考えているんだ。自分を無理矢理強姦した相手に許可なんてする筈がないのに。

身体を良いようにされながらも、理性はなんとか正常に働いた。相手は侵入者だ、こんな事間違っている。
火照る身体を無視し、お前の事を受け入れるつもりはない、と意思表示する為に膝にぎゅっと強く力を込めた。



*



あれからどのくらい時間が経ったのだろう。懇願のキスは止むことなく、指先は擽る様に身体中を撫でる。
最初は無視できた愛撫が、じわじわと身体を侵食し、触れられた所が熱くて仕方がない。
胸の突起に口付けられ、甘く噛んだり吸ったりを繰り返されゾクゾクと腰が痺れる。背中をゆっくりと撫でられ、身体が反応して反る。

「っ、……ふぅ、ん…っ!」

もう、何がなんだかわからない。気持ち良くて苦しくて、恥ずかしくて怖くて。そんな滅茶苦茶な感情以上に身体はもう耐えられないくらい高められギリギリだった。
唇が離れる音が響く度に、身体は火照りを増し熱くなった。時折、やっぱり駄目か?と問うように甘く噛まれる。

そんな、ここで自ら脚を開いてしまったら。

受け入れた事になる。こんな、無理矢理部屋に押し入って人の尊厳を踏み躙るような相手を。
何より快楽に流される自分を許せなくなりそうだった。

けれど、奪われた視覚の中、経過時間も分からず絶えず与えられる感覚に、もうおかしくなってしまいそうだった。息は上がり、涙が滲んで目元が冷たい。恋人同士の戯れの様に甘い行為に錯覚してしまう。

そう、これは錯覚だ。相手が俺を陥れるためにわざと仕向けた、自分から欲しがる様に仕掛けられた罠。

だから仕方ないのだ、俺がしたい訳じゃない。本当は違う、自分はそんな浅ましい人間じゃない。

そう理由付けしないと、とても受け入れられなかった。

じわじわと閉じていた脚の力が緩み膝が開く。もう、頭の中は滅茶苦茶で。無理に開かされているんじゃない、自分から開いている事実に打ちのめされる。

俺は、どうして。嫌なのに、知らない相手なのに。されたいのか?して欲しい?そんなのおかしい。でも苦しい、気持ち良くなりたい。触って欲しい。それに──



どうせするなら、優しくして欲しい。




「…ふ……」

羞恥心と自己嫌悪でぐちゃぐちゃになりながらも脚を開くと、よくできましたと褒めるように、開いた膝の内側に長く口づけられる。ぴりりとした痛みに、痕を残されたのだと分かった。

悪戯に痕なんかつけて、わざわざ証拠を残すなんて。

少しずつ反応を楽しむ様に脚の付け根へと上がってくるキスに、期待から身体が震える。
唇は更に、大きく広げられた太股の内側や、さらには足首を持ち上げて膝裏に触れて。かと思えば手で臍の窪みを撫でられる。

やわらかで丁寧な愛撫に、身体の強張りも徐々にほどけた。けれど確実に触れて欲しい中心部分を避けるもどかしさに、熱の籠もった身体が焦れる。

「………っふ…ぅ」

直接的な刺激が欲しくて腰を捩ると、一瞬の間の後、熱いとろりとした粘膜に性器の先端が包まれた。

「ん、っ!……う、ン」

ぬるぬるとした感触から、口に含まれたのだと分かる。少しきつめに吸われながら先端のやわらかな部分を舌先で弄られて、ひゅっと喉が鳴る。

気持ち良い。

自分で慰めた事はあっても、人にされたことはないし口でなんてもっての他だ。

「ん、ん!く……ぅん、っく」

息が上がって呼吸が乱れる。口に噛まされた布はすでにベタベタだ。
俺の荒い息遣いに気付いたのか、1度中心への愛撫が止み、口元を指でつんと突つかれる。
そのままなぞるように唇を辿る仕草が「取って欲しいのか」と聞いている気がして、必死に頷くとそっと噛ませられていた猿轡が外された。

「……っは、あ……はぁ」

声が出せる。今思いきり叫べば、きっと助けを呼べる。誰かが気付いてくれて、こいつは捕まって一件落着だ。

なのに口から出た言葉は全然真逆の、それこそ自分でも驚くような台詞で。


「……っ、続き……してくれ…」


もう、自分がどうしたいのか分からなかった。




(2015/02/05up)




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