心境の変化 話を聞けば、豪炎寺は自宅近くにいる様だ。 もう少ししたら練習が終わり、皆が戻ってくる。きっと、円堂や佐久間は心配して見舞いにきてくれるだろう。 しかし、声も出せないし会ったらバレてしまう。豪炎寺がいたなら誤魔化しようもあったが、1人では切り抜けられる気がしなかった。 「今から俺もそっちに行く」 『鬼道?来てどうする』 「このまま部屋にいたら、皆にバレるのも時間の問題だ」 寝て起きたら女になっていたのだから、寝て起きたら戻っているかもしれない。明日になっても戻らなかったらその時は諦めよう。しかし、それまでは。明日の朝までは何としても隠し通したかった。 『わかった。迎えに行った方がいいか?』 「いや、大丈夫だ。豪炎寺の家は知っている。取り敢えず家で待っててくれ」 出来ればパソコンを借りて、インターネットで調べたりもしたい。最低限必要な物を持ち、少し緩くなった靴を履いて部屋を後にした。 * インターホンを押し、オートロックの中へ招き入れられる。エレベーターに乗り、豪炎寺の家に無事着いた。 玄関に入れてもらったところで、靴を脱ぐのを止められる。 「ちょっと待て」 「?」 「その…言っておく事があって」 豪炎寺が少し言いにくそうにしている。何か不都合があるのだろうか。 「何だ、言ってくれ」 「その……父さんは勿論だが、フクさんも夕香も今日は不在なんだ」 「そうか、何か問題があるのか?むしろ好都合じゃないか」 「鬼道は警戒心が薄過ぎる。午前中、俺に何されたか忘れたのか?」 「っ!しかし、それは…」 忘れた訳ではなかったが、先程の電話でもう許したつもりだった。豪炎寺だって、もうしないと約束してくれたじゃないか。 「誰もいないんだ。部屋に2人きりになる」 「別に構わない。豪炎寺を信じている」 「……分かった、上がってくれ」 出されたスリッパに履き替えると、真っ直ぐ豪炎寺の部屋に通される。 スッキリと片付けられた部屋には、既に飲み物が用意されていた。カップに紅茶を注ぎ終わった豪炎寺が、何かをポンと渡してきた。 「鬼道、これを」 手渡されたのは、引っ越し等で使う荷造り用のビニール紐だ。一体何を……まさか。 「縛ってくれ」 「何を馬鹿な…っ、信用していると言っただろう!」 「俺は、自分を信用出来ない。もう鬼道を傷つけたくないんだ、頼む」 「嫌だ!」 豪炎寺を縛るなんてしたくない。そんなの、もう友人ですらない。 豪炎寺が両手首を合わせてこちらに向ける。まるで犯罪者だ。 「鬼道」 「嫌だ…っ」 「頼む、じゃないと一緒にいられない」 「!!」 出来ないなら出ていけ、と遠回しに言われた気がした。曲解しすぎだろうか。 仕方なく痛くない様にタオルで押さえてから、ビニール紐を豪炎寺の手首に巻き付け縛った。上で蝶々結びにし、口で紐を引けば解ける様にする。 「それじゃ意味がないだろう」 「何かあったとき外せないのは面倒だ」 「次は足だが」 「するか!手だけで充分だろう」 足も、と言い募る豪炎寺を無視してパソコンを借りる。国内外の症例を調べている間、豪炎寺はベッドの縁に黙って座ったままだった。手を拘束されているから何も出来ないのだろう。 「豪炎寺、こっちにきて一緒に見てくれないか?ドイツ語でわからない単語がある」 「…あ、ああ」 話しかければ返してくれる。けれど態度はぎこちなく、視線もずっと逸らされていた。 もう、元の関係には戻れないのだろうか。 寂しい。 こんなギクシャクしたままでは嫌だ。 「豪炎寺」 「な、何だ」 「ちゃんと話をしよう、と電話で言っただろう」 「…ああ」 豪炎寺に向き直れば、フイと顔を背けられる。近づけば一定の距離をとられた。 「っ鬼道…その、あまり近くには」 「!?」 ひどい。 つい昨日までは肩だって組んだし、ハイタッチだってしていたのに。 女だからか?気持ち悪い?俺を好きとか言っていたのに、避けるのは何故だ。目を見て話さないのはどうしてだ。 焦った様子の豪炎寺に構わず近寄り、ドンと押す。手が使えない為ベッドにそのまま沈む身体に乗り上げた。 「っ、鬼道!?やめろ、退いてくれっ」 「……いい眺めだな」 顔を背け、手は拘束され、上に乗られているので身動きが出来ない状態だ。随分と頬が赤い。 「鬼道っ!」 「こっちを向け、豪炎寺」 「む、無理だ…」 「俺を好きなんだろう?ならば何故避ける。目を合わせない」 何度こっちを見ろと促しても頑なに顔を背けられて、少し胸が痛い。鎮痛な面持ちで豪炎寺が懇願する。 「頼むから、退いてくれっ」 「顔を見たくない程、嫌か。気持ち悪いか?」 「違う!」 「女だから何だというんだ、俺は何も変わってないのにっ」 たった1人、信じて秘密を打ち明けた豪炎寺にまで疎まれたら、どうすればいいのだろう。 「違う、鬼道そういう事じゃなくて」 「何が違う!」 はっきりしない物言いに苛つき、思わず大きな声で問い返せば、諦めたように豪炎寺が白状しはじめた。 「……っ、首の」 「くび?」 「く、首の痕が…気になって、鬼道を見れなかったんだ…」 「!」 バッと首筋を手で押えて隠す。すっかり忘れていた。 かぁっと顔が熱くなる。確かに洗面所で確認した時かなり目立っていたのを思い出す。 「……ッ!こ、これは、お前がつけたんだろうがっ」 「だから……余計に見ていられなくて…」 「っ早く言え!そしたら絆創膏で隠したりしたものを……、……?」 ふと、身体に何かが硬く当たる感触に気付く。臀部に当たるこれは…。 「……だから、早く退けてくれと言ったんだっ」 豪炎寺の身体が反応している。羞恥で顔を真っ赤にしている豪炎寺が、いつもより幼く見えた。 そっと服の上から触れると、ビクンと身体が跳ねる。 「き、鬼道っ!?」 「俺でこうなったのか」 「…っ、仕方ないだろう!好きな相手に乗っかられて、平気でなんていられない」 好きな相手。 それが自分の事を指していて、尚且つ豪炎寺にこんな表情をさせているのかと見つめながら思う。 「鬼道こそ、俺が気持ち悪くはないのか?お前が男の時から好きだったと言ったんだぞ」 そういえば、そうだ。けれど、午前中の時も恐怖感はあったが気持ち悪くはなかった。抱き締められキスされた時も。 「気持ち悪くはない」 「男同士だぞ」 「わかってる。なあ……試していいか?」 してみたい。 「は?何を…っ鬼道!?やめろ!」 「手でするだけだ」 「だめ、だ。やめてくれっ、自分が何言ってるか分かってるのか!?」 「……」 豪炎寺にしてやりたい。この気持ちは、何なのだろう。 興味本位?友情の一環?それとも、相談に乗ってくれたお礼の様なものだろうか? 理由はわからない。 けれど、自分のこの手で乱れる豪炎寺が見たいと、そう思った。 ←→ |