傍にいて




遅くなってしまった。

病院で知り合いの看護師に頼み、過去に性別が変わった事例など調べさせて貰ったが、何も有力な情報は得られなかった。

ついでに図書館にも寄って調べてみたが、やはり収穫はない。

鬼道の役には立てそうもないな、と自宅への道のり中考えながら、ふと携帯の電源を病院から切ったままな事を思い出す。元々大した使わないのですっかり忘れていた。

携帯を開き電源を入れると、溜まっていたのかメールを何件か受信した。全部で3件。

差出人を確認してピタリと指が止まる。全て鬼道からだった。

何の用件だろうか。
ドアノブに掛けた昼食が気に障ったのか?それとも、今日の一件について責められるだろうか。絶交を言い渡される、とか。

3件も続けて来ているし、しかも今まで気付かなかったのもマズい。無視していると思われたかもしれない。
恐る恐る、1件目のメールを開く。


『どこにいる。話があるから連絡をくれ』


短い飾り気のないメールは淡々としたもので、もう4時間も前のものだ。仕方なく次を開く。


『何かあったのか?出来れば早く話がしたい。頼む、気付き次第連絡をくれ』


相変わらずの短いメールだ。だが、心配されている?てっきり怒っているものとばかり思っていた。これは約2時間前に送られてきている。慌てて最後のメールを開いた。


『もういい』


諦めと怒りの入り交じった、けれど何だか哀しい一言。約30分程前のものだ。急いで鬼道に電話をする。

少し長めの呼出し音からプツリと繋がった音に、慌てて呼び掛ける。

「鬼道?」

『……豪炎寺か…何だ』

いつもよりやや高い声。未だ身体は女のままなのだろう。

「済まない、携帯の電源を切っていてメールに気付かなかったんだ」

『もういい、と打った筈だが』

突き放す様な口調なのに、何だか寂しさが滲んでいる。

「話があるんだろう?」

『別に、もういい』

「鬼道、話してくれ。電話なら大丈夫だろう?」

近づかないから、触れないから、安心だろう?

『電話なら?何を言っているんだ。……ああ、近づかない、ってやつか。そんなに嫌なら電話だってしてこなければ良かっただろう』

「鬼道?」

何か、鬼道の様子がおかしい。声が震えているし、覇気がない。強気な言動に弱々しい声色が、ちぐはぐな印象を与える。身体が女になったことで、精神的にかなり不安定になっているようだった。

『俺のメールなんて無視したまま、放って…おけば…』

「どうした?」

最後まで続かない言葉に心配になる。黙って辛抱強く続きを待っていると、少しの沈黙のあと、絞りだすように言われた。

『…………っ…、嘘つき…』

「!」

『……一緒に、戻る方法…探してくれるって……』

「鬼道…っ」

『言った、くせに…っ』

携帯を通して聞こえる声はあまりにも苦しそうで、思わず手に力が入る。

「っ鬼道、大丈夫か?」

『豪炎寺しか…頼れないのに……っ、近づかないとか避けられて……、電話も出ないし、メールも…』

泣いているのか、感情が昂ぶって混乱しているのか、途切れ途切れの声はいつもの鬼道の様子とは全く違った。

「鬼道わかった、ちゃんと話をしよう。勿論、鬼道の嫌がる事はしない。何なら何もできない様に手足を縛ってくれても構わない、だから」




『…俺の事、もう嫌いになったのか…?』




突然の問いに思考が止まる。嫌いに?なるはずない。あの程度で嫌いになれるなら寧ろ楽だった。多分、罵られても、蔑まれても嫌いになれないから余計に質が悪い。

「好きだ」

反射的に答えてしまっていた。こんな事を言ったら、また怖がらせてしまうかもしれないのに。

『…!』

電話の向こうの動揺がわかった。好き、は言い過ぎた。嫌いじゃない、と言うべきだったのに。

少しの沈黙の後に、鬼道はゆっくりと呟いた。

『なら傍に、一緒に居てくれ……』

「鬼道?」

『近くに居てくれ…』

「俺が怖くはないのか」

あんなに怯えて震えて、助けて、と叫んでいたのに。
無理矢理に自分のものにしようとしたのに。

『正直、まだ少しこわい。でも、あれは本気だったからなのだろう?それに、俺がお前の気持ちを軽んじたから……』

「許してくれるのか?」

『まだ、全部は。でも、豪炎寺は大切な……存在だ。失いたくない』

「……ありがとう」

鬼道は、身体の事でとても不安なのだろう。今は支えが必要なのだ。だから、許してくれた。いや、くれている。
俺への恐怖より、身体が戻らないかもしれない不安が勝っただけなのだ。本来なら俺のした行為は許される事じゃない。だから期待してはいけない。


気を遣って"大切"とまで言ってくれた鬼道を。


元に戻るまで、戻らないなら俺が不要になるまで、支え続けようと思った。





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