自責と後悔




鬼道の部屋から自室へと戻り、今し方の自分の行動を激しく後悔した。

あんな事をするつもりじゃなかった。

何を言ってもただの言い訳だなと思う。
元々想いを寄せていた鬼道が女になったと言った時点で、もっと考えて行動するべきだった。

自分が1番に頼られた嬉しさから、つい親友ぶって相談を聞いたり抱き締めて慰めたりして。最終的には今まで隠してきた感情や欲望を醜くぶつけてしまった。

鬼道の泣き顔を思い出すと、胸の奥が激しく痛んだ。困惑と恐怖の滲んだ表情は、今までの関係が崩れた事を如実に表していた。あれは親友に向ける顔じゃない。

それどころか、あの時鬼道は「誰か助けて」と叫んでいた。自分ではない誰かに助けを求めていた。もう信頼は取り戻せないだろう。

ただでさえ女になった事で不安だった鬼道を、更に傷つけた。支えてやりたかった、少しでも楽にしてやりたかったのに……最低だ。



もう、近づかない。



俺を見たら、さっきの強姦まがいの行為を思い出してしまうかもしれない。
必要な時以外は、出来るだけ離れて遠くに居ようと思った。

ふと何気なく時計を見ると、針はもう既に正午を指している。食欲は全くなかったが、喉が酷く渇いていた。

そういえば、鬼道は腹が減っていないだろうか?朝食の時も姿を見なかったし、女になった事を皆には知られたくない様だったから、昼も食堂には行けないだろう。

近くのコンビニで何か買って来ようと思いつき、財布を持って部屋を出る。
別にこれでさっきの行為が許される訳ではないけれど、せめて何か鬼道の為にしたかった。



*



サンドイッチ、おにぎり、ペットボトルのお茶を買い部屋に戻る。渡しに行こうとして、ふと思った。

俺からの物なんていらないだろうか?それ以前に、会いたくないかもしれない。

考えた末、鬼道の部屋のドアノブにビニールの袋ごとそっと引っ掛けた。俺からだと分かるだろうが、嫌なら捨てれば良いだけだ。

軽く水を飲んで一息つく。練習を休んでしまったので午後が丸々空いている。今から練習に出て、休んだ理由を聞かれたりしても面倒だ。

せっかくだから、病院に行ってみようと思い付く。鬼道の様な症例が過去にあったかもしれないし、調べてみる価値はありそうだ。

嫌われても考えるのは鬼道の事ばかりで、我ながら馬鹿だなとつい自嘲の笑みが洩れる。

ついでに家に寄って、洗濯物も置いてこようとバッグに荷物を詰めて。
常に何かしていないと、胸の苦しさに押しつぶされてしまいそうだった。



*



豪炎寺が出て行ってからも、暫くの間動けなかった。涙はもう止まっていたが、衝撃的な事が多過ぎてよく分からない。

豪炎寺は、前から俺が好きで、あんな事をしたいと思っていたのか?

他の奴に相談しろと言っていたが、もう俺の話は聞いてくれないのだろうか。近づかないって、どういう事だ?

ぐるぐると頭のなかで先刻のやり取りを反芻する。
最後のあの苦しそうな表情から、豪炎寺を傷つけた事だけはさすがに分かった。

こちらを見ようとしなかった。まるでもう関わりたくないといった風に。

「……っ」

視界に入った腕の、豪炎寺に掴まれていた部分が赤くなっている。力加減も出来ない程だったのか。

取り敢えず、泣いてぐちゃぐちゃになった顔を洗おうと、タオルを持って洗面所に向かう。
今は皆練習中で遭遇する確率も低いだろうし、何より気持ちを少しでもスッキリさせたかった。

周囲の様子を窺いながら洗面所へ入り、顔を洗おうと洗面台の前に立つ。

正面の鏡に映る顔は、案の定酷いものだった。けれど、それよりも首筋に残る赤い鬱血痕に目を奪われた。さっき豪炎寺に付けられた痕だ。


痛みはなく、ただ赤い。


指でなぞると、先程の出来事がまざまざと甦る。熱い唇できつく吸われて、身体をベッドに押え付けられて。

思い出すだけで、ぞくりと背筋が震える。けれど、不思議と豪炎寺を恨む気持ちも、嫌悪する気持ちも湧かなかった。あんなに怖かったのに。

冷たい水で顔を洗うと、大分気持ちも落ち着いてきた。

きちんと頭を整理して、豪炎寺と話し合う必要がある。身体は相変わらず女のままだし、問題は山積みなのだ。


決意も新たに部屋に戻ると、ドアノブにビニール袋が引っ掛かっていた。中を覗けばサンドイッチやペットボトルのお茶が入っている。

豪炎寺が来たのか?

中に一枚メモが入っていた。


『いらなかったら捨ててくれ』


1行だけの名前もないメモ。他には何も書いていない。

たった、これだけ?

あまりの素っ気なさに何だか腹が立ってきた。何故直接手渡ししないんだ。こそこそと何だ、気まずいからか?

大体、メモが入っているという事は、予め用意してドアノブに掛けるつもりだった事を意味している。
これが近づかないという事なのか。随分と嫌われたものだ。


一言、言って、こんなもの突っ返してやる。


怒りに任せてドアをノックしても、返事はない。勝手に開けると豪炎寺の部屋はもぬけの殻だった。

やり場のない苛立ちを抱えたまま、仕方なくコンビニの袋を手からぶら下げ自室に戻る。

部屋で、豪炎寺が買ってくれたサンドイッチを食べながら考えた。

この落ち着かない気持ちは、"腹が立つ"というより"悲しい"に近い。

豪炎寺に距離を置かれた事が、少なからずショックだった。

外出しているなら電話してみようか。きちんと豪炎寺と話をしたいのに、このままでは避けられてモヤモヤしたまま、明日になってしまう。

男に戻れなくても明日の練習には出るつもりなので、出来れば今日中に話したかった。

それに………俺は嫌われてしまったのだろうか。

あんなに親身に相談に乗ってくれたのに、自暴自棄になって八つ当たりして。
挙げ句の果てには、告白した豪炎寺の気持ちを軽んじて、泣いて叫んで拒絶した。

勿論、突然押し倒された事は未だに少し怖い。けれど、それだけ本気だったのだと冷静な今ならわかる。

あの時はパニックに陥ってしまって、何が何だか分からなかったのだ。優しい豪炎寺にあそこまでさせたのは、自分の態度のせいだ。そして傷つけた。

謝りたい。そして、また今迄通り傍にいて欲しい。近づかないなんて寂しい事を言わないで欲しい。

携帯を取り出し豪炎寺に電話する。何コール目かで、電源が入っておりません、と感情のこもっていない音声アナウンスが流れた。


たまたま電源を切っているのかもしれないし、繋がらないだけかもしれない。
けれど、何故だか豪炎寺からハッキリと嫌いだと拒絶されたかの様に感じた。






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